今回の参詣は、千代田区鍛冶町の豊川稲荷(とよかわいなり)へ。

ここはビルとビルとが背中を向けあった間を貫くような小路のため、日が暮れると明るさがまったくない通り。

 

 

 

 

鍛冶町1丁目の住民を主として、2丁目とで組織された「商栄講」が、現在でもとう神社を管理してるそうですが、赤坂の豊川稲荷東京別院の末社でもあるため、2月の二の午では、僧侶を招いて祭礼が執り行われているそうです。

 

 

 

 

 

狐像は右が阿形で、左が吽形。また左は巻物を咥えているのかな。

 

 

 

 

社殿内の様子。

 

御由緒 境内掲示より字体改行などそのまま記載

 このお稲荷さんは何時頃から此の地に祭られたか記

録がないのでさだかではありません。

 古老の話によりますと「昔から俗に 伊勢屋、稲

荷に犬の糞 と謂われて江戸時代には神田日本橋の町

内には、お稲荷さんと伊勢屋は必ずあったそうだ。

従って江戸時代の末期頃ではなかったか」という事で

した。

 明治四十一年にこのあたりで続けて三件の火災が発

生し、誰言うとなく「お稲荷さんを粗末にしたせい

ではないか」と早速、町内有志が集まって荒れ果てて

いたお宮や境内を清掃修復し、改めて豊川稲荷赤坂別

院より導師をお迎えし、ご祈禱を願い、それからは豊

川稲荷の末社となり、商栄講を組織して、毎年二の午

の日にはお祭りをする様になりました。それ以後火災

はピタリとなくなり、その後に関東大震災、第二次世

界大戦と二度の災厄に焼失しましたが、その都度町内

一同の努力をもって復興しました。

 今回も新しい街づくりの為やむなく取り壊されまし

たが信仰厚い皆様によって再建され町内各位の「家内

安全」「商売繁昌」の守護神として今もなおお崇敬を集

めて居ります。

 平成三年十一月 吉日

 神 田 商 栄 講

 

 

 

 

写真はすべて2014.11.23撮影

 

備考 豊川稲荷東京別院の末社

社号 豊川稲荷

祭神 豊川吒枳尼眞天

創建 伝江戸時代後期

祭日 二月二の午とその前日

末社

社務所

所在地 千代田区鍛冶町1-8-3