おはようございます〜✨

 

本日も

 

第73世 武内宿禰 竹内睦泰先生の

「真・古事記の邪馬台国」

 

について!

 

 

真・古事記の邪馬台国

 

昨日は、チャネスク仲間にシェアしたものを、こちらにもシェアします。

 

むっちゃん先生が、第73世竹内宿禰として、ご神業としていたコース。

 

文字から図にしてみた!

 

小さいかな?見えますか?

 

大神神社〜狭井(サイ)神社〜三輪山の三本杉〜戻って山の辺の道を歩いて〜檜原(ひばら)神社へ

 

全体図

 

こちらが標識(Googleマップに掲載されている写真を拝借)

 

行・き・た・いーーー!!!ニコニコ

 

禊に一人で参るか

ご縁ある方と参るか

 

 

 

〜本より抜粋〜

山の辺の道はご神業

日本最古の道、山の辺の道は、

ただ歩くだけでご神業になります。

また、鎮魂の行でもあります。

歩くだけで価値があるのです。

 

 

 

今は、お山に登拝できないんですよね。

 

今年は登拝再開されるのだろうか。

 

ご神域は厳然と守られてほしい気持ちもありつつ、そのご神気も感じてみたいな。

 

お山に登れなくても、山の辺の道を歩くだけでもいいし。

 

そして、檜原神社からご神体の三輪山を拝し、振り返って景色を見て、悠久の時を感じてみたいじゃないですか。

 

もしかしたら、むっちゃんの意識も感じられるかもしれんよ!

 

 

 

あとこれ。

ちっちゃくてごめん、

 

 

 

 

この系図とむっちゃんの伝承で、魂とか前世とかのお話も、存外に当たっているように思えてならん。

 

約1800年前のことやけど、そんな昔な気がしない。

 

アベ姓の方もそうでない方も、遠い話と思わずに、古代日本に思いを馳せてみてほしいな。

 

もう、だいぶ、神々の復活と融合、許しが進んでいる気がする。

 

縄文・弥生とかの分野も含めて。

 

昔は、物部氏や蘇我氏と聞くと、何やら胸がうずくような、暗い記憶が蠢くような、そんな感じを持っていた。

 

大神神社も怖い感じあった。

 

他に怖い感じがあったのは

 

 

エジプト。ピラミッド、スフィンクス、エジプト王、エジプト神官(男女とも)とか。

 

アトランティス。これは今も申し訳ない感じがややあり。

 

岡山の吉備津神社

行ってみんとわからん、とチャネスク先生に言われてこわかった


 

阿部氏 ←

 

 

怖い=闇

 

それを感じていたんだね。

 

「闇」というとちょっと違うかな、「影」が正しいか。

 

 

けど、解除されていったり、許しが起きていったりして、今そのへんは怖くない。影は影として認めて受け入れられたんだね。そういうことでしょう。

 

 

かつ、今まで接してきた、ありとあらゆる情報や知識は、私に関連するものばかりだったんだなと思わざるを得ない。

 

 

ちょっとこれ感覚的に書くけど(全部そうだろっていう話だけど)、

 

 

私の前に現れるすべてのことは、本当に、「私」から現れていて、ここに見たり聞いたりしているんだろうな、という感じがするんよね。

 

 

だから、自分が感じていることを信じていい んだなと思えるようになっている、今のんさん。

 

だから、大神神社こわくない。エジプトも結局行けた。行ってみたら気がすんだ。←

 

「あべ」に関しては愛しさすら覚えてきた。

なお、我が父上にその感覚はない。私が上記のことを解説してあげた時も、「阿部のルーツなんてろくなもんじゃない」と言うた。それ完璧にブロックやで。長男のくせにそんなこと言うてええんかな。

 

私が思うに父は、このあべ家における負の遺産・影の部分・精算する役割を、その身に請け負ったのではないかと思う。だからポリオというハンデも負い、大したもんじゃないけどそれなりの栄光と転落、転落からの辛酸を舐めたんだと思う。

 

私については、一応9代目の後継として生まれてきたが、自身の性質を見るに、その影を光に変えるライトワーカーやな多分。←大真面目。

 

父を観察していると面白いことがある。

 

広島県福山市鞆の浦の味醂を、父が料理に使って、「いい味醂だね、いい味になる。」と言った。それが昨日のこと。

 

父は、広島県の牡蠣とか方言を、訳もなくバカにする人。広島県の方へ父に代わって私がお詫びします。すみません。

 

で、私が牡蠣が好きで、美味しくてむしゃむしゃ食べたり、方言を真似して「じゃろ」とか言うとバカにする。

 

でも味醂は誉めた。『やはりな。』と、わしは思った。

 

その理由を教えてあげる。そう言わんばかりに私は説明してあげた。

 

「この味醂はな、鞆の浦で有名な味醂なんや。鞆の浦はな、江戸時代は福山藩やったやろ。でな、そこの藩主、阿部家やったこともあるんやで。」

(もちろん我が阿部家とは全く関係ない。)

 

父はちょっとだけ顔色を変えて、その話に乗ってきた。

 

「そうなんかね」

 

私に言わせれば、なんで阿部についてなんも知らんの。って話です。

 

「お父さんは、そういうのから全く離れていたからなー、興味なかったからなー」

 

ってだからそれ、ブロック見ない人の反応やから。

 

 

でも、父ちゃんも一生懸命生きていて、がんばっているなーと思う。

 

はい超絶上から目線です。こういうとこねライトワーカー。←否、身の程知らずと云ふ。

 

 

 

というわけで、むっちゃんから流れに流れて父上の話になってしまいました。

 

 

 

 

ではまた

ごきげんよう!

 

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