例えば、団員に崇拝される鶴見中尉率いる精鋭たちの中に、尾形と鯉登がいる。
鯉登少尉は、少年の頃はワルガキでも、親に真っ直ぐに愛されたから、真っ直ぐに育っていることが良くわかる。
部下を信頼し、部下のために身を投げ出すことのできるひねくれたところがない人物だ。
⬆️名シーン
恋愛でいうならば、 鯉登少尉が女子にとってアイドル的存在だとしたら、尾形は女を沼らせるタイプ。セクシーであり、母性本能もくすぐる危険な男だ。(´-ω-)ウム
一方、尾形は親に愛されたことがなく、両親を殺してしまった悲しい過去を持つ男だ。
そして、裏切り者である。
緒方が鯉登に出会った場面で、尾形は鯉登のことを「バルチョーナク」(意味はボンボン)と馬鹿にする。
明らかに尾形は鯉登に嫉妬していて、何をされた訳でもないのに終始目の敵にするのだが、二人の関係は、みーちゃんと彼女に似ているのだ。
みーちゃんは育ちが良いと思う。
添加物がほぼない食事で育てられ、テレビゲームもあまりさせてもらえなかった。
だけど、末っ子ということもあるのか、のびのびと育てられつつも、常識のある子だ。
一方、彼女は前に私に、自分は小さい頃、みんなの好きなキャラクターの服を着せてもらえず、いつもブランド物を着せられ、雑誌の付録は汚いからと勝手に捨てられ、もっといいおもちゃを買ってあげるから、と言われていたという話を聞いた。
みーちゃんは、親に縛られず自由だが、彼女は今でも親の支配下にあるように私には見えた。
なぜなら、少し具合が悪いだけで母親に仕事中でも呼び出されて、何を置いても彼女はそこへ飛んでいくからである。
みーちゃんに前に、彼女は、自分が親にコントロールされてきたから、無意識に自分も人をコントロールするんじゃないかと言ったことがある。
しかしみーちゃんは、そのことの意味がよくわかっていないみたいだった。
ただ初めて会った時、この人とは仲良くなれないと思ったと言っていただけだ。
私が思うにみーちゃんの野生の勘が、彼女を自分の領域を犯す危険人物だと察知したのだろう。
実際の保育観も真逆だ。
みーちゃんは自主性を重視するが、彼女は最初の躾が大事だという。
彼女の心の闇の深さは、尾形に似ていると思う。
尾形のように親に愛されていなかったわけではないが、愛の形が歪曲している。
そして、みーちゃんの高潔さは、鯉登に似ている。
私は鯉登少尉が登場人物の中でも、かなり大好きだが、みーちゃんが好きな理由も同じだろう。
ただ、尾形が嫌いではないように私も彼女を嫌いにはなりきれない。
しかし彼女には去年結婚したパートナーがいることだけが救いだと勝手に思ったりする。
独身のみーちゃんは、相手がいるのになんでそんなに病むんだろ。とか言うが、人の心の闇はそう簡単に晴れるもんじゃない。
エンゲルスは国家の始まりを狩猟社会から農耕社会に移行する中で所有の概念が生まれ、それが拡大していったという。それに反論したのが、吉本隆明だ。
国家の始まりはそんな直線的なものではなく、対幻想、一対一の幻想から嫉妬が生まれたからだという。
この話もゴールデンカムイがよく表しているのだが、それはまた、別の話。
