9月に入ってから、急に気温が下がった。
最高気温は25度を下回り、最低気温は15度前後である。
外の木々たちは、カラカラと乾いた音をさせながら、黄色くなった葉を次々と落とし始めた。
まるで、永遠に続くかに思えたあのうだるような今年の暑さでも、やっぱり例年通り、こんなふうに突然、季節は切り替わってしまう。
また一人の仕事へ戻った。
それで忙しくなったのか、楽になったのか、よく分からないまま、私自身は通常運転なのだが、周囲は何だかザワザワとしている。
職場で突然、人が入れ替わってそのトラブルの愚痴を聞いたり、家族がちょっとした事故に遭ったり、こないだまで一緒にいた娘と同じくらいの若い彼女から泣きながら電話がかかってきたりする。
季節が突然移り変わると、人の心もその変化に追い付いていかないものなのだろうか…と、その原因を自然のせいにするのが、人を悪者扱いしない私の心のある種の防御法である。
感情をぶつけられると、私もその感情に揺らされてしまう。
何かあるともっと悪いことがあるのではないかと不安に襲われてしまう。
だけど、私の外の世界が私の感情を揺らして、私がそこに反応するのは、ごく自然なことである。
怒り、悔しさ、悲しさ…そういったものを今週だけでダイレクトに感じ、お陰様で食欲も減退し、増加傾向の体重に歯止めがかかった。
予定していたスケジュールがことごとく潰れた。
楽しみにしていた山への遠征も白紙にせざるを得なくなった。
最初はひどく残念だったけど、いろんな事が最悪になる寸前(まあ、どんなことも完璧に最悪な事柄はない。見方によって、立場によって、物事は最悪にも最善にもなりえるのだから)で済んだことに感謝しようと思う。
きっとこれは警告だ。
私はあらゆることに対して感謝が足りない。
だから山へもしばらく入ってはならない、という山の神様からのお告げなのかもしれない。
心がザワつくままでいい。
ざわついた心同士、自分では抱えきれない感情を分け合っているだけだ。
湧き上がる感情に善悪を付けず、言いたいことを言い合った。
でも、大丈夫。きっと、大丈夫。
どの会話も最後はそうやって、締めくくる。
息子の彼女はさりげなく、元同僚の若い彼女は感情全開で私にそれぞれの彼氏の相談をしてくる。
若い男は基本、ヘタレです。
強がっていても、メンタル弱め。
距離が近い彼女たちには、受け止めきれず、ぴえん(もはや死語?!)です。
感情の出し方がそれぞれ違うだけで、どちらも互いの彼氏の扱いに戸惑っているようだった。
もう理由はどうあれ。
信じてくれ!信じて、待って欲しい!
必ず、もっと強くなって、帰ってくるから!
信じてくれれば、彼らは今までよりも、もっと逞しく、もっと頼れる存在になれるから!
私は少年ジャンプも真っ青なセリフを吐いて、結局は彼女たちに眠る母なる力に任せる他ないのである。
さあ。食欲が減退したついでに、トレーニングをしよう。
心がザワつくときは、身体を動かして、感情をニュートラルにすることが大事。
感情に支配されると、IQが下がる。って、言ってたの誰だっけ??
感情的になってる時に、決断をするべからず。
最近はこの言葉が座右の銘である。
また、再び、山へ登るその日のために今日も生きてる。
