今朝、気づいちゃったんですけど…
私あと5ヶ月で39歳。
気づいた時には、
😱
って顔になりました。(一瞬で)
「39歳だったら・・・
年収これくらいないと、とか
結婚して子供がいないと、とか
今そうじゃない自分って…」
秒で自己否定が始まったから、余計に
😱
この顔になったんだと思う。
だって普通に考えて
39歳未婚、無職って
なかなかパンチあるじゃないですか?🤣🤣
やりたいことやって
好きなように生きているとはいえ
「おいおい大丈夫か?」
って社会的にはツッコミどころ満載だと思う。
でも不思議なことに…悲壮感は、ない。
むしろ今の私は、
前よりずっと多幸感に溢れている。
今日はその理由を少しだけ
書いてみようと思う。
年齢に囚われない美容学。
アラサー、アラフォーに縛られると
枯れちゃうから。
年齢がきっかけで
無意識の自己否定が起きた時。
(ガーンってなったあとに、
モヤモヤザワザワ、
言葉になりきらない嫌な感じがでてきた時)
ここで大事なのって、
「39歳らしく生きること」
じゃなくて、
「39歳未婚、無職
このままじゃやばい。どうしよう」
この奥にある"本音"に
気づいてあげることなんだと思う。
「このままじゃやばい。どうしよう。」
「価値のない私になっちゃう」
という焦りから動くと、
無意識の自己否定を、
倍増させてしまう。
だって"価値のない私"を前提に
何かを始めることになるから。
仮に
年収1000万とか
ハイスペ彼氏と結婚とか
何か"輝かしい結果"を手にしたとしても
【価値のない私】
という根っこを持ったままだと、
無価値感や焦燥感って
永遠につきまとう。
だから私は
焦って何かをしないようにしている。
焦りや不安
無かったことにしない。
焦りや不安、
無価値感を感じている自分の隣に
そっと座ってあげるような感覚で、
一緒にいてあげる。
気持ちをやり過ごそうとするんじゃなく
身体の中に流してあげる。
そんな感覚。
そして
しばらく自分と過ごしてみたら
浮かび上がってきた本音があった。
「本当は、
男の人に守ってもらいながら
安心の中で生きていきたい」
これだった。
38歳、おいおいおいおいって
ツッコミどころ満載だと思うんです。
普通に考えたら🤣
でもきっと
私たちの本音って
世間の常識からみたら
ツッコミどころ満載。
だから、簡単に蓋をしてしまう。
誰かに否定されたり、
傷つく体験をしたくないから。
でも本当は
本音に蓋をすることが、一番自分を傷つける。
多分、35歳を超えたくらいから
女性の勢いがなくなるのって
「35歳超えると
婚活市場での価値がなくなる」
みたいな観念に
無意識でYESしてしまっているから
なんじゃないかなって思う。
大人になるほど、
傷つきたくなくて
"本音で生きる"より
"傷つかなさそうな選択"を
してしまいがち。
それは悪いことではない。
でも
自分を守ることばかりに必死で、
自分のやりたいことを
自分にやらせてあげない人生って、
私は少し寂しいなと思った。
永遠に自分に我慢を要してしまうから。
今日の私は
「本当は
男の人に守ってもらいながら
安心の中で生きていきたい。」
という本音の先に
もしかしたら
真の自立とは
"誰かに認められること"
じゃなく、
"自分の本音で生きること"
なのかもしれない。
そんな新しい感覚が
自分の中から溢れてきた。
経済的な自立こそ、自立。
そうずっと思って、
そこだけに価値を置いていたけれど、
本当はそうじゃなくてよかったのかもしれない。
そう思えた時、
少しだけ自分を許せたんだよね。
そしたら自然と
「これからも、
自分の可能性信じて生きてこう」って
自然と決心。
自分のペースでいいって
改めて許せた。
そして今朝のモヤモヤは
「◯◯歳だから、
こうしてないとおかしい。」
「これができていないなんて、ありえない」
そんな
"誰かの決めた基準"に
まっまと自分を当てはめてしまったから
苦しかったのだと気づくことができた。
あーあ、私また、自分基準からずれて
世間基準を生きようとしてたなーって🤣
でも気づけたから、大丈夫。
まもなく39歳、
悲壮感でいっぱいの女にならずに済んだ。
そして
今までも、
自分の可能性を信じてここまで来れたから。
今までは、
可能性を秘めていたのかもしれない。
でも、今からは
その可能性をちゃんと咲いていきたいと思う。
私はこうやって、
いつも自分の内側を整えている。
なぜなら
今の自分を
心地よく生きたいから。
私たちは気づかないうちに
いろんな観念に囚われて生きている。
それは年齢だけじゃなく、
「かわいい」とか
「美人」とか
「スタイルがいい」とか
「モテる」とか
「価値がある」とか
世間の基準で自分を見て、
自分で自分をジャッジして
自分の魅力を、自ら削ってしまっている。
でも、10年前より
今私の方が魅力的だと感じるのは
心美容をし続けたから。
内面を整え
美の基準を
"今の自分"に合わせ続けたから。
加点方式でも、
減点方式でもなく
"今の自分、満点方式"で
存在こそ価値であったと
気づき続けてきたから。
だって、
何歳であろうと
かわいい私であり続けたいじゃない?
「もう年だから」って
自分の魅力を諦めるなんて、
私は嫌だった。
彼にかわいいって言われるために
必死に彼好みに合わせた時期もあった。
でも、好みが違いすぎてストレスになった🤣
(彼は大谷夫婦みたいな感じが好き。
でも私はどうしてもフェミニンが好き。)
だから私は結局
自分の"好き"を選び続けた。
一瞬は、彼好みに自分を押し込んだけど。
でも本当は
「こうじゃなきゃいけない」
ことなんて、何一つなかったんだよね。
何歳だから、
こうしていないといけない。
そんな"誰かの基準"を生き始めた瞬間、
私たちは簡単に、
自分を否定し始めてしまう。
でも本当は、
🪞何歳かより、
どんな自分で在りたいか。
🪞誰かの正解より、
自分の本音で生きられているか。
そっちの方が、
ずっと大切なのかもしれない。
私はこれからも、
自分の可能性を信じて
自分の美を開いていきたい。
可能性を秘めたまま終わるんじゃなく、
自分という花を、
ちゃんと咲かせていきたいと思う。









