現代人で、心が緩んでいる人に、
私はほとんど出会ったことがない。
まだ、とても少数派だと思う。
なぜなら、
誰かに勝つことが価値であり、
誰かより優れていることが良しとされ、
負けること、
嫌われること、
人と違うことに、
強烈な拒否反応が起きる世界に、
私たちは生きているから。
"オンリーワンである"
この輝きを放つ、存在状態は、
誰かと違うことであり、
拒否される可能性も、
嫌われる可能性も、
否定される可能性もある。
だから、
自分の感覚を信じるより、
周りに合わせたり、
同調したりする方が、
なんとなく安全に感じてしまう。
自分の性質を、
心から愛せていないと…
どうしても、
「嫌われるかもしれない」
という
心が極度の過緊張態で、
人と接することになる。
自分で自分に、
"そのままでいいよ"
"私に生まれてきて本当によかった"
と言えていないから。
だから、他人から
どれだけ愛されても、
どれだけ大切にされても、
どこかで、
「本当に…?」
「何か裏があるんじゃない?」
「騙されちゃダメだ」
と、防衛反応が起きてしまう。
愛されているのに、
愛を受け取れない時も、
同じ仕組みだ。
心の奥底に、
「こんな私には価値がない」
「こんな私じゃダメだ」
「本当の私を見せたら、きっと嫌われる」
そんな無意識の緊張があると、
愛より先に、
"防衛"が動いてしまう。
素敵な男性に、好意を向けられても…
「どうせ遊びかもしれない」
と疑ってしまったり。
理想の男性に、せっかく愛されても…
「この人を失ったら終わりだ」
と不安になって、
本音を隠してしまったり。
"好かれる自分"を演じて、
"物分かりのいい女"を取り繕って
相手にとって都合のいい、
いい子になってしまったり。
心の傷って、
外傷じゃないから、
自分ではなかなか気づきにくい。
しかも、
"心に傷があります"
と堂々と生きている人なんて、
ほとんどいないから、
「もしかして私だけ…?」
疑心暗鬼になり
防御の殻に閉じこもりやすい。
真面目な女性ほど、多くを学ぶ。
そして、
アダルトチルドレン。
繊細さん。
自己肯定感の低さ。
被害者意識。
愛着障害。
そういう言葉に触れるたび、
"だから私はダメなんだ"
"こんな自分を変えなきゃ"
と、せっかく学んだ知識を
自分責めの材料にしてしまう人も多い。
だけれど、
人間、30年も生きていたら、
心に傷があるなんて、当たり前。
みんな、
何かしら抱えているから、
失恋ソングに涙したり、
繊細な歌詞に共鳴したり、
誰かの痛みに心が震える。
ドキュメンタリー番組
ノンフィクション映画や
スポーツの祭典に心動かされるでしょう?
傷があることは別に、
悪いことじゃない。
ただ、
自分の心の扱い方を知らないと、
心が起こす波に、
簡単に飲み込まれてしまう。
楽しい波なら、
そこまで問題はない。
だけれど、
不安、
悲しみ、
苦しみ、
孤独、
そういう波に飲まれると、
一気に、"悲劇のヒロイン"になってしまう。
大切なのは、
自分の、根本原因を知ること。
✔️なぜ、
その反応が起きていたのか。
✔️なぜ、
そんなに苦しかったのか。
自分の心の奥に、
そっと触れた時、
「あぁ、だからだったのか…」
と、
深い納得が生まれる。
本当の癒しは、そこから始まる。
表面だけを見て、
無理にポジティブになろうとしたり、
うまくいっている人のマインドを真似したり、
ハウツーやテクニックで、
どうにかしようとしても、
心根が変わっていなければ、
同じことは繰り返される。(永遠に)
そして、
表面だけで解決しようとし続けると、
いつしか、
“感じること”そのものを閉じてしまう。
でも、感じることを閉じたら、
愛されている実感すら、
感じられなくなってしまうのに…。
だからこそ、
ズキン。
モヤっ。
イラっ。
そんな小さな違和感を、
何もなかったことにしないこと。
思考で上塗りしたり、
無理に前向きに変換したり、
"平気なふり"
をすればするほど、
幸せも、愛も、美しさも
どんどん置き去りになってしまうから。
私たちはつい、
臭いものに蓋をしたくなる。
だけれど、
その蓋をしている奥にこそ、
本当は、
愛されたかった自分や、
安心したかった自分や、
ずっと気づいてほしかった、
"本音"が眠っていたりするものなのだ。
🌹関連記事







