やっと前の上映が終わり、僕とヤゴの姉ちゃんは真ん中より少し後ろの席に並んで座った。その頃には少しずつ僕の緊張も解けてきて、ヤゴの眼鏡を直す癖をまねしてみせたり、シモのでかい尻に七年殺しをした話(本当はフリをしただけだけど)をしたりした。
でもベルが鳴り、場内が暗くなると僕はまた緊張してきた。隣にヤゴの姉ちゃんがいるのに、よりによって怖い映画を観ることになるなんて・・・・・。
僕は嫌な予感がした。
パチンコ屋とキャバレーのコマーシャルが終わるといよいよ映画が始まった。
画面には化け物じゃなく宇宙の風景が出てきたのでほっとした。横を見るとヤゴの姉ちゃんは真剣な表情で映画を観ている。僕は薄暗い場内にぼんやり浮かんだその横顔があまりに綺麗だったので、すっかり見惚れてしまった。
どの位見ていたんだろう・・・・。
ヤゴの姉ちゃんは僕の視線に気づいたのか急に僕の方を見た。思わず僕は目をそらし、慌ててサイダーを飲み、わけもわからずポップコーンをヤゴの姉ちゃんに差し出した。
「ありがとう。」
そう言うとヤゴの姉ちゃんはポップコーンの袋に手を入れて食べ始めた。映画の中はなんだか怪しい雰囲気になってきて、いかにもこれから何かが起こりそうだった。僕は内容もよくわからないままいろんな意味でどきどきしていた。
そして僕がポップコーンの袋に手を突っ込むと、ヤゴの姉ちゃんの手に触れて
しまった。次の瞬間、あの気持ちの悪いエイリアンとかいう化け物が物陰から
飛び出した。
「ギャッー!」
叫んだのは僕だった。しかもどさくさにまぎれてヤゴの姉ちゃんの手を握っている。何してるんだ!でもいきなり振りほどいたら失礼だし、かといって握ったままなのは余計おかしいし。とか一瞬のうちにいろんなことを考えた。画面の中では気持ちの悪い化け物が大量のよだれを垂らしている。あーどうしよう・・・。
あれ?手を握ってるのは僕じゃない。ヤゴの姉ちゃんが僕の手を握ってるんだ。・・・・。僕はどうする?握り返したほうがいいのか?
・・・・・・そのままだった。ずっとヤゴの姉ちゃんは僕の手を握っていてくれた。僕の手は汗ばんでいたけど、それでもそのままだった。その間僕は一度もヤゴの姉ちゃんのほうは見れなかった。ヤゴの姉ちゃんの柔らかい手の感触といい匂いが僕の頭の中を真っ白にさせた。よく考えるとそれはどこかで嗅いだことのある匂いだった。去年母ちゃんが駅の近くの雑貨屋で、花瓶を押し売りされた時におまけでもらってきたドライフラワーの匂いだ。なんて花だっけ。
でも花の名前なんてどうでもいいや。僕は映画が終わるまでそのまま夢見心地だった。時々ヤゴの姉ちゃんは椅子を座りなおし、ポップコーンを食べたりサイダーを飲んだりした。それでも決して僕の手は離さなかった。映画の内容はほとんど覚えていない。永遠にこの映画がつづけばいいのに、僕はただそう祈っていた。
映画館を出るとまたあの暑い夏の日差しが僕らを照りつけた。
「おもしろかったね。」
ヤゴの姉ちゃんは何もなかったかのように僕に微笑みかけた。
「もう少し時間があるんだけど、お茶していかない?」
「お茶?・・・・あぁ喫茶店?」
「うん、ただで自転車直してもらって、映画までただにしてもらっちゃったから何かご馳走してあげる。」
僕とヤゴの姉ちゃんは、バナのいるビルの一階の喫茶店に行った。バナが店に入って来やしないかとハラハラしながら僕はヤゴの姉ちゃんの向かい側に座った。本当はプリンアラモードが食べたくてしかたがなかったけど、必死に我慢してコーヒーを頼んだ。しかもこの暑いのに”ホット一つ”と言いたいがためにあったかいのを頼んでしまった。ヤゴの姉ちゃんはメロンソーダを頼んだ。
こうなると何でも良く見える。キラキラした緑色のソーダにストローを挿し、唇をすぼめて飲んでいる姿が綺麗だった。僕は普段コーヒーには砂糖三つにミルクをタップリ入れて、まるでコーヒー牛乳のようにして飲むけど、それも我慢して、砂糖は一つミルクもほんの少ししか入れなかった。
”カル君って大人なんだね”
なんて言ってくれないだろうか、と思いながらそんなことをしてみたけど、ヤゴの姉ちゃんはそのことには全くふれてくれなかった。でも僕が映画館で叫んでしまったことにも触れなかったので、それは正直ホッとした。
ヤゴの姉ちゃんはさっき観た映画の話ばかりした。僕はあの気持ちの悪い化け物が大量のよだれを垂らしていたこと以外はほとんど覚えていなかった。
それでも僕はなんとか話を合わせようと、苦いコーヒーを飲みながら”うんうん”と相づちを打っていた。
ずっとドキドキしていた。でも楽しかった。このままずっとこうしていられたらいのに。そう思ったけど、そうもいかないみたいだ。
「私、そろそろ行かなきゃ。」
「あの・・・このことはヤゴに言わないでほしいんだ。」
「・・・わかった、言わない。」
「それと・・・あの・・・恋人がいるんだよね?」
「ああ、マサのこと?」
マサっていうんだ・・・・・。
「別に恋人とか、そんなんじゃないよ。」
「ふーん・・・。」
「気になる?」
「いや・・・全然。」
ヤゴの姉ちゃんは僕を見て微笑んだ。よくわからないけど、それは恋人に対しての笑顔じゃない気がした。きっと僕をからかってるんだ・・・・・。でも・・・それでもいいか・・・・・・。
僕等は喫茶店の前で別れた。ヤゴの姉ちゃんは僕が直した水色の自転車に乗り、軽く手を振ったあと商店街の人ゴミの中に消えて行ってしまった。僕の手はずっとポケットの中だった。
僕はしばらくの間じっーと立っていた。すぐに帰ろうかと思ったけど、ついでなのでバナのところに寄ってみることにした。