お盆は家族で旅行でしょうか。


わたしは今年、家に帰ることもなく、お部屋の大掃除をしていました。

お盆に入る前日、曇り空でもあったのでお墓にも行ってきました。


夕方に行き、既にお花か入っており、母が来たことがわかりました。

夕方は雨が降っていて、止むかと思ったけれどずっと振り続けていました。


お墓参りすると心がスッキリしますね。


お盆休みの期間はいつも家に行く(決まりごとのような…)ことになっている感じ。

家からは電話があって『たまには顔出して』と。



お盆になる前あたりから、行かないとかぁ…行けるかなぁ…と気持ちが揺さぶられまくってた。



『たまには顔出して』



この言葉が私の心を緊張させ、無理ってなる。

昔の感覚に戻されて苦しくなる。


電話するといつも言う。

行けなくなる。

悪循環…。



なぜ行きたくないのか。


行けば母の不安や不満や体調が悪いとか、お友達の体調不良とか…。

眉間にシワを作ってしまいたくなるような話になることは目に見えている。

出来事についてどうこうではなく、それを語る時の場の空気感が嫌になるのです。

そこに身を置きたくない。




他者に期待をしてはいけないって良くいう。

私は母に期待をしていると気づいた。


心の安心が欲しいのだとわかった。


家に帰ることで安心なんてないんだよね。

不安でしかない。


今はだいぶ母も変わってきていると思っている。

求めてはいけないこととわかっている。


親に寄り添って欲しい自分がいて、今の私のままでいいんだという安心が欲しいのだとわかった。


そしてこれを書いていてまた気づいたことがある。



自分の中の大人がまだ不安定で、自分を支えきれていないということ。


たぶん、自分の中の大人がゆらぎないものになったとしたら、家にも行けるし、どんな話であっても心ゆらぐことはないんだなって。


同じ行動をやめてみる、ということも私にとって必要な行動。


今年の夏は、家に帰らなかった。