私の父は小さな会社を経営していました。
モニュメントなど装飾建築のモノづくりをしていました。
出張も多くて忙しくて、家に帰れないこともしばしば。
夕食が終わったころ、父から電話が入ると、
母と一緒に夜食や着替えを届けにいきました。
暗い堤防の一本道を、ずんずん車で小一時間。
今でもよみがえるのは
なぜだか行きではなく、帰りの車中。
父に、一目会えるだけで、心がちょっとホッとして、
一緒に帰ってこれるときは、やっぱりなんだかうれしくて。
家を空けることの多かった父ですが、
不思議といつも、父と一緒にいるような気がしていました。
今思えば、なんだかんだといいながら、
ちょっとしたことも厭わずに、車を走らせてくれた
母のおかげだったんだなと思います。
今日久しぶりに、思い出の夜の堤防を車で走りました。
あの頃の母と同じ歳になった私。
もしも、同い年の母と私で語り合うことができたのなら、
どんな話をするのでしょうか。
子どもの頃は長く感じた家までの道。
今日は少しでも長くこの道で、
あの頃の母と語り合っていたくて、
アクセルを踏む足にも、なかなか力が入りませんでした。
親と子、父と娘、母と娘、
人と人、男と女、女と女、
この歳になればこそ、
そして、現実に語り合うことができないからこそ、
語り合えることがあるんだと感じる、今日この頃。
親孝行、していきたいと思います。