父は子供の頃から気が弱かったらしい。
虐められて泣いて帰ってくると2歳差の妹が仕返しに行ったほどだったとか。失恋して、布団をかぶって起きてこないこともあったとか。

経済的理由から大学進学を諦めた父をなぐさめたのも妹である叔母だったらしい。

そんな父は笑顔と穏やかさをもって物事を思い通りにする術をどこかで学んだのだろうか?

今はその笑顔も穏やかさも偽物のようにみえてくる

私が見ていた景色は何だったのだろうか?

父との思い出は数少ない

 

 

クリスマスに自転車をかってもらった

幼稚園の時、男の子に毎日、広告紙を持ってくるように言われて・・

その時、男の子にそんなこと言わない様に掛け合ってくれた (笑)

銀行(父は銀行員だった)の職員で行く、熱海の梅園に連れて行ってくれた

 

 

 

ある時、小学4年生だった私が

精神科に通う母の事を面白おかしく言った

聞いていた叔父が 父に話した

最初で

最後

「お母さんの事をそんな風に言うな」と叩かれた。

 

 

 

父が母を庇う

私がそんな風景を見たのは、後にも先にもその時だけだったと思う

 

 

怒られて当然だが

怒った父には不信感が残った

なぜ??

いつも庇わないのに 今は庇うのか??

 

 

私は父が母を庇うのを見たことがない。

父の母親は私には優しい人であったが、気性の激しい人だった。

私が母に懐く事、母の実家に行く事を極端に嫌った。

それさえ、父は祖母をとがめる事をしなかった。

勿論、私が見えないところで、それはあったかもしれないが。

母が精神科に入院中

父の妹である叔母は父から頼まれたことがあった。

 

 

「離婚届に印をもらってきてくれ」

 

そんなことを 自分で解決せず 人に頼むのか!!!

 

 

心を病んだ母とは暮らせない

それが、父の母である祖母の意向であったらしい

 

 

例えそうであったとしても

縁あって夫婦になり 子どもを二人もうけ

 

産まれた子どもに障害が残った事を苦にし

自ら命を絶とうとした母を 

脚を切断し義足になった母を

人任せに離婚しようとする

 

そこに愛情はなかったのか??

 

 

父は自分の意志が無いようにみえる

 

父は自身の自己肯定感のなさから

父自身が最も大事にしなくてはいけないことから

目を背けて、ひとつの人生を生きてしまったのではないだろうか?

 

その代償はあまりに大きい