母、和江の母。会った事もない私の祖母は

心を病んでいたのではないか??

一言で心を病むと言って良いのかどうかは疑問だけど。妊娠し死産になって喪失感の中にいたのではないかと思う。今の時代、それを信じる人はいないが、当時、お腹の中に狐がいるなどといわれ、お祓いなどされたら、喪失感で溢れていたに違いない

 

 

母は心を病んでいた。

おそらく、母も私も 周りの多くの人はそう思っていたと思う。

自ら命を絶とうとする

その行為自体は、健全な心ではできなかったと思う。

ただ、母はその後、命が尽きるまで安定剤を手放す事はなかった。

 

 

そんな母の存在をコンプレックスに感じていた。

 

 

心を開く事をせず

斜めから見ていた

 

 

なぜなら・・いつか自分が母のようになるのではないか?

という不安を常に感じていたから

 

 

 

母が足を切断した当時

私の家は汲み取り式のトイレだった。

小学一年生

母が失った足がトイレから出てくる気がして

トイレに入れなくなった。

トイレが怖くて仕方がなかった

 

 

母が足を失った歳になったら

私も脚を失う

・・そんな根拠のない事を考え恐怖に感じた。

 

 

 

母もまた、私が子供の頃に感じたことを

思っていたのではないか?

そして、その想いは強く長く続いたのではないか

何度もイメージして 不安と恐怖の中に身を置いていたのではないか?

 

 

そんな風に思った時

母の言葉を思い出す

 

 

 

「知子はいいよね 母親が生きていて」

 

母に言われたくなかったいくつかの言葉の中の一つではあるが

確かにその通りだったのかもしれない

 

 

 

母はこの世にいない母親の存在を想い

求める度、そのことを思い出し、イメージする

私は母がこの世に存在してくれた事で、そうなるまいと

逆のイメージを膨らませることが出来た。

 

 

幼少期、潜在意識と顕在意識を分ける膜、クリティカルファクターが出来る前に

強烈な恐怖や不安を感じた場合、トラウマとなる

 

 

想像してみよう

潜在意識の中にある記憶が

不安・恐怖ばかりだったらどうだろう??

どんなに幸せな出来事があったとしても、それを幸せと感じる事は

できないのではないか?

 

 

母は不安・心配が多い人だった

それを疎ましくさえ思った

今、思えば当然の事だったと思う

 

母の心は不安と恐怖で出来ていたのだから。