父は銀行員だった
毎日、背広を着て ネクタイを締め 皮靴を履き 出勤する人だった
基本
怒る事はない
たった一度
殴られたことがある
それは
小学4年生か5年生か
母が精神科に入院している事を
従弟との会話の中で
ふざけてネタ(?)なんといってよいか時
父は私を殴った・・・
おそらく、後にも先にもその時だけだったと思う
その頃の私の顔は
まるで子供の面をつけた
意地悪な成人女性の顔
無邪気 子供らしさとはかけ離れている
祖母は私の事が大好きで
まるで
娘の様に溺愛し
育ててくれた
学校から帰ると
おやつが
ドーナツ 牛乳寒 お汁粉
私の懐かしい味は いつも祖母のものだった
ゆえに
祖母は私への執着が強く
母と話す事も
母に懐く?ことも嫌がった
私は子供ながらに
家庭での生きる道を察知していたのかもしれない
そんな中で私との母娘関係も
いずれは
父との夫婦関係も
ギクシャクしていった
母は弟のためにとお金を残した
父の名義の物は何一つなく
父は唖然とした
母の晩年
父は母の為に、
朝、ポットにお湯を入れ、薬をわたし、入れ歯を洗い、
ご飯を作り、洗濯をし、
夜、お風呂に入った母に、大丈夫か?と声をかける
父にしてみれば
老体に鞭を打ち
出来る限りの事をしたに違いない
だから
いくら若いときに酷いことしたからって・・・
と愕然としたのだろうか??
母が亡くなった後
何度も父とぶつかった
父が辛かったのは
父の懸命な介護が報われなかったと
感じたからではなかったか??
人は感謝や誠意をお金で表す事が多い
が
本当に求めているものは
その
裏?そのもとになっている
誠意や感謝なのではないか?
報われた 良かった そう思う達成感ではないか?
おそらく 今
父も私もグリーフにある
母を失ったことで
母へ向かっていた気持ちが行き場所を失っている