Love&Smile
ヒプノセラピー
その日は突然、やってきました。
学校から帰宅すると
黒い電話機(昔からの指で回す)の前に見知らぬおばあさんが座っています。
「お前のおかあさんが車に飛び込んで今、警察からの連絡を待ってるだよ」と言いました。
感情の記憶は全くありません。
タクシーの助手席の後ろに窓に顔を付けて病院に向かいました。
ただ池の前を通り過ぎていく光景だけが記憶に残っています。
祖父母の家に同居していましたが水洗トイレではなく、いわゆる、板がかかっているぽっとん便所でした。
私はその日からぽっとん便所が怖くなりました。母が失くした右脚が便所の中から出てくるような気がして怖かったのです。
弟は寸前で母が放り投げたようで軽傷で済みました。
母は私に愛情がなかったわけではありません。と確かにそう思うのです。母なりの愛情があったはずです。
ただ、母とのぬくもりある記憶は一切残っていません。
自ら命を絶つと成仏できないという説がありますがそれが私は少し違うと思います。思い悩んだ末の行動に罪があるでしょうか?
ただ、多くの周りの人達の未来をも変えてしまう行為であることは間違えありません。
子供の頃「どこの子?」と聞かれるのが嫌だった。
「あーあそこの子ね」と言われるのが苦痛だった。
母の存在が私のコンプレックスだったのです。それでも子供は母性を求めるのです。
事故以降、子供の私に依存し母親として子を育むことができなくなった母親を何度切り捨てたかったかわかりません。
子を持ち母親となりより一層、母のことが理解できませんでした。
ヒプノセラピーと出会うことで私は母を客観的に一人の存在としてみることが出来るようなったのです。
今では大変だったね 辛かったねと笑顔で言えます。
人は皆、記憶で苦しみます。恨んだり憎んだり けれど憎しみや恨みからは何も生まれません
。記憶を癒すことが出来れば人は自分らしく笑顔と愛で生きていけると思うのです。