Love&Smile
ヒプノセラピー
母が心を病んだのは
私が小学校一年生の時でした。
何故、そんなことになったのか当時の私は何もわかりませんでした。
ある日、学校から帰ると母の妹が来ていました。
心の具合が悪くなった母と私達姉弟を迎えにきたのです。
その日、近所のクリーニング店の姉弟とスケートに行く約束をしていた私は突然の成り行きに抵抗した記憶があります。
ランドセルを背負わされ母の実家、婚家のある街に帰ってきました。
事実上、その時が転校だったようです。友達に別れを告げることもなく。
しらいわゆみこさん みつぐくん 私が憶えている仲良しだったお友達の名前です。
転校してから、学校には馴染めませんでした。
給食に今まで飲んだことのない脱脂粉乳がでます。
絵具のセットが他の子と違うのが嫌で
家の前を流れる小川に流したこともありました。 (笑)
気持ちよく流れていく絵具セットを見ながらホッとしたのも束の間、祖父が拾って帰ってきました。
そんなことも母は知らないと思います。
障害を持った弟を産んだことを受け入れられず、健康に産めなかった事を悔やみ自分自身を責め母の心は病んでいったのだと
思います。
父は銀行員でした。毎日、起きている間に帰ってくることはありませんでした。
組合活動をしていた父は仕事も大変であったようです。おそらく昭和40年後半そういう時代です。
母の不安に向き合うことができなかった。
時には「大丈夫」とか「心配するな」という言葉は逆効果になることがありますね。
けれど父もまた精いっぱいであったのだと思います。
人は人をジャッチしますが
それぞれがそれぞれの立場で懸命に生きています
わざと妻を不幸にしようとする人はそうそういないのです。
母が弟を道ずれに命を絶とうとした日
父にとっても青天の霹靂であったろうと推測します。