東京から飛行機で二時間ほどかけ私が山口県に来たのは

2月13日の事

 

2月20日予定日の長女から

「早く産まれそうだから早く来て!」と言われ

全ての予定を変更し慌てて飛行機に飛び乗りました。

 

しかし しかし  しかし   産まれない

予定日を過ぎても産まれない

おしるしがきても陣痛がこない

来る日も来る日も長女と二人で公園を何周も何周も歩いても  産まれない

破水かも夜中に受診するも

それも違って産まれない

 

ねえ  ねえ  ねえ 私は助産師だから大体そろそろ産まれるってわかる!!

と豪語してた方  してた方

誰でしたあ?????

 

私が長女を産んだのは約30年前

当時は陣痛促進剤を使って計画に出産することがブーム?で私も予定日一日前に出産しました。

「明日、産まれてくるんだよ」と声をかけると当日の朝、おしるしがあったことを覚えています。

陣痛促進剤を使わなくても産まれていたんだと勝手に思っていましたが

違う  違う  違う

 

そしてその日はやってきました

3月3日

28年前、私が長男を出産した日です。長女が出産した病院は家族誰でもお産に立ち会えます。

陣痛がきたその時から産まれるその瞬間までを見届けることができました。

感動と心配と疲労と安堵と  訳のわからない感情が溢れ出て涙がポロポロと流れます。

 

30年前のその日、私は夫に病院に送ってもらい、ひとり陣痛室に入りました。当時は陣痛室に付き添いが入る時代ではなかったのです

が母にも父にも勿論、夫の両親にも「産まれたら連絡するね」とまるでお産は自分だけの仕事のように思っていました。

 

ひとりでやろうとする  迷惑をかけまいとする 人に任せられない

そんな風に生きて来ましたが  それは随分と 身勝手だったのだと今更ながらに痛感しました。

 

もしも長女が私と同じだったら

感動と安堵と心配と疲労の入り混じった感情に溢れた涙を流すことはできなかった。産まれた瞬間のこの子の顔を見ることができなかった。初めての子を産み幸せな我が子の顔を見ることができなかった。

私は多くの感動の涙を奪ったのかもしれません。

 

2月13日はコロナでマスクが品切れになり始めたころ

あの時が安心して東京に行き飛行機に乗れるタイムリミットであったと思う。そう、いつも絶妙なタイミングでその時はやってくる。

過ぎてみた時、あーだからね、そういうことねと思うことがよくある。

 

まさかね。予定日を12日も過ぎて3月3日を選んで産まれてくるなんてね   

勿論 ばあばの為だけではないのはわかっていますよ   (笑)

あかちゃんはお腹の中で産まれてくる準備をきちんとして産まれてくるのですね。

お腹にいる時から一人の人格として育んでいくことの大切さを感じています。

 

そんなわけで、ただ今、産後生活に入っています。

私の仕事は家事全般です。が面白いです。