愛ってなんでもやってあげるとか、相手の言うことなんでもきいてあげるとか、
そういうことじゃない。
自分の中の愛に目覚めると色んな人が周りに集まってくる。
共鳴して共感できる仲間に会える。関係性が濃厚になる。
その反面、相手が自分の得たいものが私のとこで得られなく
怒って去っていったり、自分の傷を投影して攻撃してきたり、
執着してきたり、そんなこともある。
そんなことにいちいち傷ついていたこともあったけど、
今は理解があるのでなんともない。ま、気分は良いとは言えないけど。
そんな人を目の前にしたら、ただ愛をおくるだけ。
個人的な感情の愛じゃなく、根源的なもの。
どんな人の中にもある根源的な愛。
それと一緒に本人の愛を開いてあげる感じ。あるからね、本人に。
愛の中に被害者も加害者もいない。しかし人は被害者意識、
加害者意識を持ってしまう。それは愛ではない。
多くの人が愛に満たされない親に育てられ、
愛の足りない教師に教えられ、愛の足りない伴侶と共にいて、
誰もが愛が不足していてパワーゲーム。あいつが悪い、私が悪い。
でも誰もが自分の中に自分の欲しい愛を持っている。
誰かが愛してくれたら幸せになれるというのは幻想。
大切な誰かに愛されたら、幸せなあなたがもっと幸せになるだけ。
欲しい愛は自分の中にある。自分の中だけに止めておくには多すぎるほど。
いっぱい溢れるほど掘り起こして与えよう。与えずにはいられないんだから。
