二極の対立の中にいると、光と闇、清と濁があるという目線で物事を見ます。
なので、清らかなものを見ると同時に、穢れたものの存在を生み出すのです。
二極の対立の中にない、純粋で清らかな人は、何を見ても同じで、ただ、愛しか見えないのです。
二極の対立の中にいる人と、二極の対立のない人が向き合ったとき、
対立の中にいる人は、相手の美しさを見て、自分が穢れていると感じ、
いたたまれない感情が湧き起こりました。
対立のない人は、相手を美しいなぁ、と思うだけでした。
二極の対立の中にいる人は、二極の対立という苦しい体験から卒業することを目指します。
一方、対立のない人は、得られる体験、感情が少ないのです。
どちらがいいとか、悪いとかという話ではなく、
そういうもんなんだな、と改めて、認識しました。



