私の母が亡くなって、何年だろう😅5年かなぁ

母と私は、性格が似てなくて、

屁理屈大魔王で、物事に一貫性を求める私にとって、直感的で、その時、その時で、コロコロ、意見も気分も変わる母は、"おかしな人"だった。
賢いし、センスも良く、料理上手で、社交的だったので、自慢の母でもあった。

そんな母に対し、私はいわゆる"母の愛"を感じたことがなかった。ほっとかれた、とずっと思っていた。



母が亡くなる1年前から、母に対する私の学びが強烈に起こった。

瞑想会で、病気の母に癒しが起こるように、とフォーカスすると、自分の上に光がどどーっと降り注ぎ、涙が止まらなかった。
母への感謝が沸き起こったり、長々と母へ、感謝の手紙を書いた。




闘病生活が続き、ついに、食事が取れなくなった母。

あと3ヶ月。

残り時間がよぎった私。この期間をどうする?

どうする、どうする、どうする?っと目を閉じて考えていると、自然と自分の内に入っていき、パコーン!っと腹の底から『介護休業』が出てきた。

根拠のない、揺るぎない確信を持って、周りで誰もとったことのない介護休業をとった。そんなわかりやすい期限を、母が与えてくれたおかげで、私なりの親孝行の時間を作ってもらえた。 

介護休業中は給与が支払われないので、お金が3ヶ月、持つかなぁと思っていたら、母が

あなたが一緒に住んでいた時のお金、

と言って80万入った通帳をくれた。

離婚前、実家の世話になっていた時に、毎月、僅かながら払っていた生活費を貯めていてくれた。

おおおお〜!これがヨーガの教えか!と思った。
私欲を忘れて、誰かのために行動することで、いいことあるよ、的な教えだったと思う。



介護休業も3ヶ月過ぎ、お金が底をつきかけていた頃だった。母のいる実家から子供達のいる我が家に戻ろうとした時、珍しく母が私の手を取り、

ありがとね、ありがとね

と言った。なかなか手を離そうとしない母に、


また、明後日くるから。またね❣️

私は時間を気にして足早に帰った。



翌日、私の誕生日。

手術の合間に父からメール。母が敗血症で意識がない、と。

ロッカールームで一人泣き。

その時、気づいた。

母はコロコロ、意見が変わるけど、それは、その瞬間、瞬間を生きてるからなんだ!すごい人なんだ!

なんで、こんな時に気づくんだ!




そのまま、2日後に亡くなった。



生きてる間に実感できなかった、母の愛。
今ごろわかる。

私の誕生日を過ぎてから、亡くなってくれた。

私をほっといたんじゃなくて、何を言っても、いうことを聞かない私を尊重し、信頼し、好きにさせてくれていた。

想像の斜め上をいく私を見守ってくれていた。

最後の言葉が、ありがとね、なんて、かっこ良すぎる。




っというわけだ。
なぜか、母の日でもないのに、こんなことを書いたのは、命日が近いからか?

みんな、愛してるよ〜❣️