先日、【「自分」と「世界」の境目とは】というブログで、
「自分と世界との境目があいまい」
ということを書きました。
その続きになるのですが、
スピリチュアル的な考えだと、
「人というのは、『ワンネス・宇宙』といった
大いなる存在とつながっている」
とよく言われています。
私はその図式が、魂を通じて、
宇宙は、心と体をもった人につながっている、
という感じだと今まで思っていました。
「自分」や「個人」というのがまずあって、
それにヒモみたいにつながっている感じです。

でも、「自分と世界の境目があいまい」と
思えば思うほど、そうじゃないのかもと思うのです。
じゃあ、どうなのかというと、
「自分は世界で、世界は自分」
という感じです。
何かカッコイイ(笑)
自分は、宇宙の中の地球の一部が、
今この瞬間「私」という形を取っているもの。
だとすると、
「自分というのは、宇宙が今、【私】している存在」
になります。
空を飛ぶ鳥は、「宇宙が今、【鳥】している」。
机は、「宇宙が今、【机】している」。
で、「私という意識」というのは、
「宇宙が【私】している体に、ちょこんと載っているモノ」
何じゃないのかなと。
なぜそう思うかというと、
自分が寝ている時にも心臓を動かしているのは「何」なのか。
細胞を働かせ、皮膚を作り、剥がれ落ちてと、
新陳代謝を司っているのは「何」なのか。
「自分の自律神経の作用」だけでは説明できない、
胃腸の働きや細胞や神経の作用。
それをしているのは、「私という意識」ではないんですよね。
だからそれを動かしているのも、「ワンネス・宇宙」であって、
自分の体自体がもう、宇宙なんだ。
それに気づけば気づくほど、
そうか、この体は「借り物」なんだ。
私は、宇宙が「私」している体にちょこんと載って、
悩んだり笑ったりと体験することをさせてもらっているんだな。
という思いが強くなります。
すると、
「せっかくだから楽しもう」
と、私は思うんですよね(笑)
あと数10年経ったら、「私」の体は無くなります。
だったら、元気で動けて、
美味しく食べられて、
人と話せる、今の体をもっているうちに、
「やりたいことをやっておこう」
そう思うのです。
また、「人は脳を10%しか使っていない」とも言われています。
それは、いつもぐるぐる考えている意識が10%と仮定したら、
90%は無意識とつながった宇宙。
そう考えると、「自分は、ほぼ宇宙」ですから、
思考を司る左脳を大人しくさせたら、
直感をもっと得やすくなって、
宇宙の領域の応援をもっともらえる!
のではないか?とも思います(笑)
生きていると、ついつい思考で頭をいっぱいにして、
悩んだりモヤモヤしたりしてしまいがちですが、
「自分は9割宇宙。ほぼほぼ宇宙。いや、全部宇宙」
そんなふうに思ってみると、
なんだか心が広くなるような気がします(笑)
外に出て、木々や花を見て、
「あれも自分の仲間。宇宙が形を変えたもの」
と思ってみるだけでも、なんだか楽しくなりますよ(笑)
この頃、そんなことをよく思っています^^