風の時代は「中庸な心」で!! | 恒吉彩矢子オフィシャルブログ「ときめき よろこび 宝さがし」

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「風の時代」と言われてしばらく経ちますが、
まだまだ軽やかでいられないなぁと思います💦

どういう時かというと、

<人を裁く>

ことをしてしまう時です。

ポイ捨てするのは悪い人。

しかも神社のような神聖なところでなんて、
もってのほか!

・・・そんなふうに思うということは、
人を「善悪」の二元論で見ている、
ということなんですよねf^^;

それはつまり、

「自分は良くて、相手は悪い」

それが高じると、

「相手のことは責めてもいい」

ということにもなっていきます。

けれど、「神さま目線」は違うんですね。

私の大好きな「KAMI ingアウトマガジン」
八幡様(神さま)によると、
ごみのポイ捨て現場というのは・・・

「ゴミも風景の一部です」

なぬ!?(笑)

良い、悪いではないんですね。

「ゴミ」と呼ばれるものは、
元は、ものを包んだり運んだりするのに使われていた
「役目のある必要なもの」
であったわけです。

ポイ捨てのゴミだけではなく、
無残になった空き家や、
流れ着いた海岸線のゴミ。

それらも、役目がなくなっただけの、
元は愛おしいものだったのです。

でも、役目を終えたら、
人はそれを「邪魔者」とみなすんですよね。

それだけではありません。

さらに八幡様は言います。

「あいつは邪魔だ! となってしまえば、
人間の意識の中で即、邪魔者になってしまい、
扱いが酷くなっていきます。

扱いが酷くなると、
それをしている人の姿を見た人が、
同じように、
人への扱いを酷くしていってしまいます。

集団は、一斉に人の扱いを酷くし始めると、
その存在が『無』になってしまうまで
叩きのめしてしまう性格を持っています。
それがいじめです。

この世で邪魔なものなど、
ひとつもありません。
すべては風景の一部なのです


くぅ~~、八幡様!!(>_<)ノ

この言葉で思い出したのが、
以前、お寺の宿泊座禅会に行った時のこと。

作務としてお掃除をしたのですが、
集めたホコリは捨てるのではなく、
外に掃き出すよう言われたのです。

なぜなら「それも自然の一部だから」と。

 



ホコリやゴミというのは、
人が決めつけただけで、
邪魔なものではなく、
地球の一部。

どんなものも、役目を終えたり、
見る目が変わっただけで、
風景の一部。地球の一部なんですね。

そしてどんな人も、
一面だけ見て、悪く思っていたとしても、
別の面から見たら違うこともある、
本来、大事な地球の一部なのです。

記事では、
ゴミから、ポイ捨てをした人の気持ちを
考えるところもあるのですが、

「ゴミの状態から、人の気持ちを推察すること。

それは、まるで風景を眺めるが如く、
自然に、穏やかに、
中庸(ちゅうよう)の心で
見定めることが肝要です」


と八幡様は言います。

中庸・・・善悪などに偏ることなく、
中立な視点で物事を見ることというのが、

「神さま目線」

なのだと分かります。

よく、「あるがまま」という言葉を聞きますが、
それは、物事を「良い悪い」で決めつけることなく見るようにしたら、
一見悪いところにも良いものを見つけられるしで、

「結局、これで良かろう」

とすることなのかもしれません。

短期的に見ると悪くても、
長期的に見ると良く転じることもありますしね。

そして悪く転じたとしても、
それが「気づき」や「成長」の糧となれば、
やっぱり「それで良い」になりますし。

風の時代を軽やかに生きるための

「中庸の心」

心がけたいと思います!^^
 

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