「福徳以招」。
鎌倉の円覚寺のお茶室にあった
掛け軸の文字です。

読み方は「福は、徳をもって招く」。
福や幸運は、良い心をもち、
善行を積むことによって招き入れることができる。
・・・という意味でしょう。
「幸せになりたい!」と思いながらも、
何もせずにただ待っているだけでは、
なかなか福はやってこないものです。
だからこそ、「365歩のマーチ」ではないですが、
「♪幸せは歩いてこない、だから歩いてゆくんだね」
自分からアクションを起こしたほうが、
やってきやすいんですよね。
「棚からぼた餅」という言葉もありますが、
いくら棚に隠されたぼた餅があったとしても、
<棚のそばまで歩いていく>
というアクションを起こしていなければ、
ゲットすることはできません。
そしてそのアクションというのが、
<良い心、善行>。
ニコニコして優しいふるまいをしたり、
快く人を助けたり、
世のため人のためになることをしていたら、
好感を持たれるので、
良いことが集まってきやすくなりますし、
そもそもそういうことをする人は、
感謝の気持ちを常に持っていることが多いので、
感謝することを引き寄せやすいのです。
なので、ラッキーを引き寄せたかったら、
「徳を積む」
のがおススメなのです。
が・・・
これには<重大な落とし穴>があるのです!
それは、<見返りを求めること>。
「褒められたい」「良く思われたい」という
気持ちが強いと、
ついやったことを人に言いたくなりますよね。
けれど、小林正観さんは、
「善行は、人に見られただけでも天の貯金がゼロになる」
と言っています(!)
なぜなら正観さんは、
「人に褒められる見返りを求めるよりも、
<天>に見てもらうことでその何倍も価値がある」
と考えているから。
いわゆる、「陰徳」ですね。
でも、見返りを求めず良いことをして、
なおかつ「ひけらかさない人」というのは、
人間社会においてもカッコいいですよね(^_-)-☆
かくいう私は、以前、見返りを求めて良いことをしていたら、
良いことどころか大変なことが次々起きた経験があるのです。
「良いことを起こしたいから良いことをする!」
と思った私は、毎月のように成分献血に行っていました。
すると、献血をした帰りに階段から足を踏み外して
捻挫を起こしてしまったのです(>_<)
「良いことをした後なのに、なんで??」。
また、お客様から頂き物をして、
その心に最大限報いようと
「ありがとうございます!」と
心を込めて思いっきり頭を下げたら・・・
椅子の背の角に、目の眼窩の骨を勢いよくぶつけて、
打ち所が悪かったら目をおかしくしてた?
ということもありました(>_<)
「心を込めた行為をしたのに、なんで??」。
・・・でも今から思うと、
「良いことを起こしたいから良いことをする」
「良く思われたいから良いことをする」
というのは
<今自分は良いことがない>
という気持ちの表れなんですね。
だから、
<良いことがない>
ということを引き寄せていたのでしょう。
それを教えてくれた出来事のように思います。
それ以降は、
「やりたいからやる。やれたことが嬉しいのであって、
もし感謝されたらそれは余禄」
くらいの気持ちでやるようになり、
「やれば良く思われるかもしれないけれど、
気がのらないなら、良く思われなくても、
それで得られるものが得られなくても、やらない」
というスタンスになってからは、
「アレレ」
なことも減りましたし、
ムリをしないので「やらなければよかった」という後悔もないし、
「良いこと」はいつもたくさんやってきます(笑)
そんなわけで・・・
「福徳以招」。
福は徳をもって招く。
軽やかに善行を積んで、
自分によきことをたくさん起こしていきましょう!✨