【連載③】

ヒマラヤで、問いがほどけていく

 ―歩きながら、自分に還る旅―

 

 

ーー登らないヒマラヤが教えてくれたこと

 

今回のヒマラヤでは、
私は「登らない」という選択をしていた。

 

だからこそ、
見えてきたものがあった。

 

今回のヒマラヤは、
大谷真樹先生が率いる
インフィニティアカデミアの仲間たちとともに歩いた。

 

 

大谷先生との出逢いは、約2年前。
そして、今年6月に大谷ゼミで、
初めて出会った仲間たち。

 

年のはじめには、
まさかその仲間と一緒にヒマラヤを歩くことになるとは、想像もしていなかった。

 

ただ、今年はヒマラヤに行く。
それだけは、直感で決めていた。

 

行き先は、
これまであまり足を運んだことのなかった
アンナプルナ方面。

 

不思議なほど、
すべてが自然にフィットした...

大谷ゼミ&インフィニティアカデミアの仲間と

ヒマラヤを歩くことを決めた。

 

 

医師として、
ある意味、閉鎖的な世界に身を置いてきた私にとって、今回の仲間たちとの出逢いと会話は、とても新鮮だった。

 

会社員もいれば、社長もいるし、
アーティストやデザイナーもいる。

 

生きてきた背景も、
人生の物語も、
ひとりひとり、まったく違う。

 

時間に追われることなく、
何気ない会話を交わせる余白。

 

 

 


それは、
これまでのヒマラヤでは
あまりなかった時間だった。

 

違う分野を生きてきた仲間、

ひとりひとりのストーリーが
私の世界を自然と広げてくれた。

 

限られた人生の時間の中で、
この仲間たちに出会えたこと。

 

そして、


誰と、どんな時間を過ごすかが、
人生の質を決めていくのだということを、
身体で感じていた。

 

 

自分を客観的に見て、
私は、決して「遊び心の多いタイプ」ではないと改めて感じた。

 

そのことは自分でもすでに気づいていたし、

今まで何人もの人達から指摘されてきた...。

そのたびに、苦しい気持ちになっていた...

 

でも、私は私でいいのだと心の底から思えた。

 

それを補ってくれる、遊び心に満ちた人たちと一緒に過ごせば、うまい具合に調和されて、きっとうまくいく。

 

無理する必要はない...

私は私のまま、自然体でいればいいのだ。

 

無理してあがいたところで、

不自然な私がでてくるだけ...

 

ひとりひとりに、それぞれお役目がある。

私は本来の私でいればいいのだ...

 


人との出会いは、
人生を豊かにしてくれる。

 

何気ない会話の時間。
ただ一緒に歩く時間。

 

それだけで、
心が満たされていくのを感じていた。

 

 

 

ヒマラヤでは、
ポーターさんが荷物を運んでくれる。

 

今回、私と同世代の50代のポーターさん達もいた。小柄な身体で、驚くほどの重さを背負いながら、いつも、ニコニコしていた。

 

その姿を見ていると、
「多くの同世代の日本人よりも、きっと幸せなのだろうな」
そんな気がしてならなかった。

 

 


幸せとは、何だろう。

 

この問いは、
20代の頃から、何度も自分に投げかけてきた問いだ。

 


肩書きや、
成果や、
持っているものではなく、、、

 

今、この瞬間を、
どう生きているか。

 


ポーターさんの背中が、
静かに教えてくれているようだった。

 

 

 

こうしたことを感じられたのは、
今回のヒマラヤが、私にとって、
「登らない」選択だったからだと思う。

 

そして何より、
自分と向き合うことを目的にしていたからだ。

 

 

ヒマラヤで過ごす時間は、
人それぞれでいい。

 

高い山に登りたければ、登ればいい。
ゆっくり歩きたければ、そうすればいい。

 


どんな形であっても、
ヒマラヤはきっと、
自分の奥深くにある何かを、
そっと照らしてくれる。

 

 

私は、
「登らないヒマラヤ」から、
人生の質を問い直す時間を、
受け取っていた。

 

 

 

――つづく