【連載②】
ヒマラヤで、問いがほどけていく
―歩きながら、自分に還る旅―
ーー変わった私、変わらない山
あれから、いくつもの季節が過ぎた。
最後にヒマラヤを訪れたのは、30代の頃だった。
当時の私は、大学病院に勤務していた。
それでも、どうしてもヒマラヤに行きたかった。
海外遠征のための休暇を上司に願い出るとき、
正直に言えば、
「辞めることになっても仕方がない」
そんな覚悟が、いつも心のどこかにあった。
それでも結果的に、
私は解雇されることなく、一度ではなく、
海外登山へ送り出していただいた。
当時の上司、同僚の先生方には、
今でも、心からの感謝しかない。
若かりし頃の私
せっかく休みをいただいて行くヒマラヤ。
若かった私は、山頂を目指していた。
振り返れば、
ただひたすら「登ること」
に挑戦していたのだと思う。
海外登山の前には、
高所順応のため、直前に富士山へ
3〜4回は必ず登るのがルーチンだった。
30代後半~
妊娠、出産、子育て。
その期間、
私の人生からヒマラヤは、遠ざかった。
けれど、こうして形を変えながらも、
再びヒマラヤの地に立つことができた
2025年という年は、
私にとって、やはり特別な意味を持っている。
30代の頃の私と、今の私は違う。
さまざまな人生経験を重ねてきた分、
ヒマラヤで感じるものの深さも、
明らかに変わっていた。
自分で言うのもおこがましいけれど、
人としての奥行きが、
少しだけ増したのかもしれない。
20代で初めてヒマラヤを訪れたときも、
その景色には心から感動した。
同時に、
急性高山病で命の危険にさらされる人を初めて目にし、ヘリコプターで搬送され、助かったと聞いたときには、本当に安堵した。
ときには、
山で命を落とした人とも遭遇した。
高山病というものを、
自分自身の身体でも初めて経験した。
酸素が薄い環境で、
自分はどういう状態になるのか。
呼吸、登るスピード、水分摂取
自己管理の大切さ。
それらすべてが、
今となっては、かけがえのない経験だったと感じられる。
50代になった今だからこそ、
より深いところから、
心が揺さぶられるものがある。
ヒマラヤの、
宇宙を感じるほどの
圧倒的なスケール。
大自然の中で、
「生かされている」という感覚。
ヒマラヤだからこそ、
ここまで深く、気づかせてくれる。
やはり、ヒマラヤには
絶大な力があるのだと感じた。
そして、ふと思った。
ここ最近、北海道で開催してきた
「人生合宿」。
自分自身と向き合うことを主眼にした、
あの時間。
もし――
ヒマラヤという場所で、
人生と向き合う時間を持てたら…
そんな想いが、
静かに、胸の奥に浮かび上がってきた。
――つづく





