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「寂しい」

「辛い」

「悲しい」

「虚しい」

 

 

言葉があるってことは

この世に

そういう感情や心の状態があるってこと

 

 

だから

そんな感情になるのは

自然なこと

 

 

長引くと

暮らしに影響が出てくるけど

 

 

だけど

 

 

その感情が自分の中にあること自体は

悪いことではない

なるんだもの

 

 

「早く元気になってね」

 

 

優しい言葉なのに

責めらてる気持ちになる時がある

 

 

私はブログで

ものの見方や捉え方を変えることが

一人で、タダでできること

今すぐできることで

そうすれば生きる世界が変わる

と書いてるけど

 

 

時々そのことが

プレッシャーを与えてるんじゃないかと

自分が弱ってる時、ふと考える

 

 

昨日も書いたけど

休息するタイミングもあるわけで

 

 

何にもできなくても

どうしてもしんどい時は

休息してていい、と

自分にOKしてあげてほしいなと思うし

 

 

やめてもいいし

変えてもいいと

自分で自分に許可を出してほしい

 

 

「そんなことしてる場合じゃない」

「もっと頑張らないとだめ」

 

 

実は一番そう言ってるのは

自分自身だから

 

 

「頑張れ」と命令できるのなら

「休みなさい」と許可も出せるはずだもんね

 

 

そして

 

 

「寂しい」

「辛い」

「悲しい」

「虚しい」

 

 

という

いわゆるネガティブな感情は

消去してゼロにできなくても

しなくていいと思う

 

 

それらを持ちながらでも

人生は楽しむことができるし

生きることができる

 

 

一時期、消してしまわないと

生きていけないかもって

そう思ったことがあって

 

 

だけどなぜか

ネガティブなこと(というか、明るさやポジティブの反対側のもの)が自分の中からなくなっていくのが

寂しく思えたことがありました。

 

 

それはなんだか

色鉛筆の中から

何色かを捨ててしまうような感じがして

 

 

ポジティブに生きることは

とても健康的なんだけど

そうありたいんだけど

 

 

殺風景さというか

物足りなさというか

これでいいのかな・・・と

自分に対して疑問を感じたことがありました。

 

 

きっとどんな感情も

どんな思考パターンも

結局は私の好みなんだと

だからこその「私らしさ」もあるんだと

(つまり自分でこの生き方を選んでいる)

 

 

それらは必要な「色」で

私の人生の彩りになるんだと思ったのです。

 

 

その人らしさを表すものとして

好きな色(感情や思考パターン)を

無理に捨て去らなくていいのかなと

 

 

その「色」を含む自分を前提に

生きていけばいい

困ったら都度、軌道修正していけばいい

今はそんな気持ちです。

 

 

旅、物語、舞台、歌、絵・・・

いろんな例えや表現ができる「人生」

 

 

この私としての

一度きりの人生を

どんな作品にしたいのか?

最近考え直す機会が多くあります。

 

 

 

 

私は

「綺麗に家を片づけましょう」

「片づけないとダメですよ」

と言いたいわけではなくて

 

 

人生を整え直す手段

自分を取り戻す手段として

片づけやものの整理が使えますよ、という考えです。

 

 

なかなか伝わりにくいんですけど

そんな想いです。

 

 

つらつらと書いたまま

今日は更新しますニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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