日常と人生の足もとを見つめる足もとエッセイスト てくてく たわです(*´w`*)

さて。今日はですね。
ずっと本物とちょーっと違う感情のままだった私が、どうやって今の心の底から喜びを感じる私になっていったかという、お話。
最初は笑うのシンドかったし、何が本当に嬉しいのか分からなくててね〜。
嬉しいには嬉しいんだけど、それが『本物の喜び』かは、わからない。
そうなると、まるで世の中全てが黄色信号のようで自分の指針が失くなっちゃったみたい…。
すべてが曖昧に思える。
私の感覚の先端は、たしかになにがしかを感じ取っているのに…。
感覚のままを感じ取ることが、できなくなっていた。
何を思えばいいのか。
何を思っているのか。
それは本当なのか。
そんな時、Neoさんのリーディングで「大笑いするとか、大泣きするとか、映画でも本でもいいです。やってみてください。」て一言を思い出したの(。・・。)
…笑う気持ちにはなれなかったから、とりあえず泣くか…と

私の定番、花田少年記を読んで毎巻で泣き

それでは足らずに…何読んだっけな…
?←コラw
?←コラwえーと…
うーーーん…と…
あ、そうそう!
『中卒労働者から始める高校生活』!
これは結構ささってね、泣きましたよ(*・艸・)

次に…
『ガレージママ』、『うどん国の金色毛鞠』、『流転のテルマ』と、漫画を読み漁りは泣く日々。
…我ながら嫌だな、そんな8月

まぁでも、そんなんだったの。
泣くたんびに何で泣いてるのかなぁ
て、自分で不思議だった。
て、自分で不思議だった。感動…とは、また違う感覚。
キッカケを待っていた涙が、ようやく出口を見つけたような感じがした。
泣きたかったんだね、私。
そこに来て、ようやく自分の欲求がぼんやりと輪郭を見せ始めたの。
…笑うにはさ。
…笑う前にはさ。
…笑えないんだったらさ、
何か蓋があるんだよね、その上にね。
感情の波で涙の海を作って、その蓋を動かさなきゃならない。
人間の内部も、雨降って地固まるんだなって思った(。・・。)
どっかで、泣くのは負けだと決めてかかってた。
泣いたんなら、もっと弾みつけて走り出さなきゃならないって。
負けたんなら、勝ちにいかなきゃって。
でも、泣いたあとの私はもっとフラットだった。
勝つも負けるも、どうでも良いや。
髪の毛切って、サッパリしよう。
ポワポワに腫れた目のままで、空見てみよう。
…何が悲しかったの

…何ができなくて悲しいの

あなたが作り笑いをするほど、悲しいことはない。
積み上げて来たものを捨てるのは、怖い。
もっと、何も無くなるかも知れない。
だけど、どこかで分かってる。
心の端っこ…、少し奥の方に感じてるはず。
このままの今を掴んでいても、私は私らしく生きられない。
自分として生きないことほど、不幸なことがあるだろうか?
自分として生きないことほど、自身への不義理はあるだろうか?
自分として生きないことほど、後悔募ることはあるだろうか?
たぶん、あの日々の涙はこんな気持ちだったんだと思う。
そして…
やっぱり、雨降って地固まるみたいだよ



今は、毎日が心の底から楽しい!
今は、とても好きな人たちがいる!
今の自分が、いつの自分よりも好きだ!
これが幸せってヤツらしいよ

とにかく泣く。
涙終わるまで。
目の前が晴れるまで。
感情はカラフルに。
懐かしい『自分』に還る道。

