父親への思い出 その3 | 不登校・登園拒否の対応への奮闘を経て学んだ、私自身のしあわせな在り方日記。

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書き始めた当初はどうなることかと思ったけど、書きながら色々と思い出して自分の中で整理できつつある様子。

続けます。

オカンの場合は精神的な苦痛がメインだったけど、オトンの肉体的な苦痛をいつか与えられるんじゃないかっていう恐怖は、それはそれでまた怖かった。

それくらいに凄まじいケンカをしてた時があったし、止めに入ったおじいちゃんを振り払うくらいに逆上するわ、ポットを叩きつけて割るわでガラスが散乱してるし、逆上したまま一番下の弟が寝てる部屋に向かったもんだから弟がどうにかされちゃうんじゃないかってドキドキして警察呼ぶ騒ぎに発展したし。

とにかく怖くて怖くて仕方ない思いをたくさんしたからね。


それが一番の恐怖だったけど、これを書いてて思い出したのはオトンなりに家族を思ってくれていたってこと。


その当時ね、どっちかっていうと暴力を振るわれてるおかんの方が被害者、みたいな感じで兄弟もおかんを味方してたから、オトンはよく「お前の方ばかりに味方つけて」みたいなことよくおかんに言ってたのよね。


それはそれで孤独感をすごく感じてたんだと思う。


でもさ、暴力をけしかけるような伝え方しかできなかったおかんにも非はあると思うのよね。


あたすも今だに頭くることがたっくさんあるもん。


でもね、おかげで心のことを学ぶキッカケをもらえて、今は感謝してる。

まだまだ沢山アタマにくることはあるけど、対処の仕方を知ることができたから、とりあえずしばらくはナイナイアンサーのおかげで思い出したこの記憶を、たくさんたくさん感じてあげようと思います。


結局おにぃに関することがほとんど出てこなかったわぁ(笑)

まとまらない記事を長々と読んでくれて、どうもありがとう。

おしまい。