今回はそんな話。
こちらに越してきて初日からつまずいたあたすはうまく馴染めないのが卒業まで続いてて、新しい出会いよりも同級生もまた同じ学校であることの方が気が重たくってね。
そのくらいの頃から自分を抑えて生活し始めたから、頭痛とかでよく休むようになったりして。
それはお兄も同じ感じだったらしく、中学生になってからはグレて悪い仲間と付き合ったりして、おとんやおかんとの衝突も増えていったのよね。
自衛官だった父は、根性を叩き直すとかで特訓のようなことをよくやっていたのを覚えてる。
それと同時期に、父と母との関係も悪化してね。
家を建てて、子ども4人も抱えてこれからが大変だっていう思いから節約に努めようとする母に対し、楽しいことにはあまり我慢とかしないで計画性なくお金を使う父。
帰ってくれば母からの小言ばかりで、父はそのうちスナックに入り浸るようになってね。
母に言われてスナックに電話したり、早く帰ってきて母と話あってもらおうとスリッパの中によく手紙を入れたりしてね。
手紙はともかく、中学生だったあたすにはスナックに電話して父を出してもらうように話すのがとてつもなく苦痛だったのを覚えてる。
だけどそんな甲斐も虚しくケンカは日に日に激しさを増し、兄弟総出で止めに行ってたのよね。
当時、弟とアコーディオンカーテン越しに仕切られた部屋で、怒鳴り声が聞こえ始めると「あぁ、また始まったね」「まだ止めに行かなくて大丈夫かな」とか話あってはドキドキしていたのをすごく覚えてる。
次第におかんからのイヤミ満載の小言に耐えられなくなったおとんが手をあげて、その物音を合図に兄弟みんなで止めに行く、みたいな毎日だった。
家でも、学校でも、なんかしら問題が起きてて、安息の場所がなくてとにかく苦しいことの方が多い毎日だった。
今思えば、あの時は気持ちを上手く言葉にできなくて余計に苦しかったなーとか、おにぃが父親と同じように暴力や汚い言葉でそれを表現してるのを嫌な思いで見てたから、ますます自分は言葉にできなかったところがあったなーとか思えるんだけどね。
その頃はほんっとーーーーに苦しかった。
長くなりそうなので、続く。