
こんにちは、大野有希です。
弘子さんからバトンが渡され、2番だと分かった瞬間、思わず「あちゃー、キター!」と声が出ました。
もちろん、大好きなボトルだからではなく、かなり苦手なボトルだから。
そうして、このエッセイを書こう書こうと思いつつ、
先延ばしにしているうちに、デヴオーラで書くハメになりました。
きっとこれも必然なのでしょう。
今、チベット仏教のラマ僧とマイクによる「ボーディチッタ」についてのお話を伺っています。
目覚めの目の字もない私が説明できるはずもありませんが、「ボーディチッタ」とは悟りと慈愛という2つの側面を持っています。
悟りのプロセスとは、ひたすら手放していくことである、というようにも思えます。
そして、手放しを重ねることで慈愛が育まれていくのでしょう。
悟りに向かう手放しのプロセスの中に、
「憎むべき敵を手放す」ということと、
「愛しい家族や同朋を手放す」ということがあります。
憎しみを手放すことの理解は案外にたやすいでしょう。
しかし、愛しいものを手放すというのは非常に難しいと思われます。
釈尊(ブッダ)でさえ、家族からそして国から離れる最後の瞬間まで、
出て行くことはできないのではないかと思うような試練を与えられています。
なぜ手放す必要があるのか。
それは、憎しみも愛着も、エゴが生み出したマインドの幻想だから。
「大っ嫌い!」も「大好き!」もエゴが生み出したものなのです。
この感覚を手放した後にやってくる感覚が 「慈愛」。
「慈愛」は生きとし生けるものすべてに注がれるものです。
家族だから愛しい、意地悪をされたから嫌い、というのはエゴなのです。
このことをもう一歩踏み込むと、アイデンティティを手放す、ということになります。
「○○という家族の一員」とか「株式会社某の社員」、「エンジニア」、「セラピスト」などなど、様々な肩書きはマインドの幻想なのです。
「手放す」ことは「捨て去る」こととは違います。
聖☆おにいさんの中のブッダも言ってましたよね。「とんがっている時は服なんか着るもんか!って思ってたけど、悟ったら服を着てる方がいいなって自然に思えた」って。
「大好き」があれば必ず「大嫌い」があります。
なぜなら、この2つは同じベクトルの端と端だから。
この二極の世界を超えたところにあるのが、平和であり、目覚めや悟りなのでしょう。
ボーディチッタのコースでは折にふれ瞑想をします。
その中で、「peace」という言葉をマントラのように唱え続ける瞑想がありました。
その時に包まれた光明の感覚。
「peace(平和)」という言葉のクオリティーの高さに改めて感動しました。
「他の人のものを欲しがる」
「持っているものを受け入れない」
これらを掴むことができない「混乱」
私自身が、このマインドの混乱の中でもがいているからこそ、#2のボトルが苦手なのかもしれません。
そこを超えるために、ブルー:ソリッドに青い光を還す剣のような明晰性、が助けてくれるのでしょう。
皆さんのブルーはどんな輝きを放っていますか?
Lots of Love
★ティーチャー かなやさなえさんにバトンを渡します!
B3 ハートボトル です。
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ティーチャー大野有希(コロリド)
ホームページ http://colorido-y.org/
主な開催場所 埼玉、東京、千葉、他、日本全国、世界各国
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オーラソーマティーチャーが体験したイクイリブリアムボトルのコラムです。
(毎週月曜日配信!)
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