わたしの中はすべて満たされているのか
と、問いかけられたとき
表向きは、そうだね、満たされてるね
と、言って微笑むが
何度も奥から出てくる
満たされたい思いを拒否することは
できそうになく、本音を言えば
満たされたいと願う自分が
どこかに同居している
すべて愛して
すべて満たされている
と感じられるのは
すべてを愛せず
すべてを満たされない
という想いの種があるからだ
この作品を観に行った
書道の展示会
光というテーマにわたし自身
ご縁があるから
光という字を生で観たかった
根っこに光があるんだね❤️
と、一緒に行ってくれた友人が
スッと発言していて
納得した自分とそうじゃない思いを
抱いた自分がいたから
火のエネルギーが強いなって
直感的には感じてそれ以外を
じっくり感じていた
確かに根っこに光はあるけれど
光の文字は黒墨で描かれなければ
もっと存在がボヤけているだろう
黒墨が意味するのは
わたしの中で、影や闇だった
きっと
光の中に光は見えない
光のたまを、根っこが覆うのか
光のたまから、根っこが出たのか
そのどちらでもないかもしれないけど
光の存在だとわかっていても
影を感じてはオロオロしてしまっていた
自分自身がどこかで背中を押される
すべてを満たすこと
すべてを光にすること
それがすべてではなく
その過程を担っている人生である
そのことに意味がある
そんな風に思った
今日までの会期なので
良かったら観に行ってね!
(わたしの腹が出てます、油断しました)
↑どうでもいい情報です
↑太ってきたのは腹に消化不良があるのだろうか
↑肚が大事だと人に伝える役をしていいのでしょうか
深く考えることないさ
って、らりるれろ
が言ってくれてます







