スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照 | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

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現在、東京ステーションギャラリーで開催されているのは、

“スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照”という展覧会です。

 

カール・ヴァルザー展 ポスター ベルリン分離派
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)

 

 

本展の主役は、カール・ヴァルザー。

なんだか海外のビールみたいな名前ですが、

20世紀前半に活躍した画家、イラストレーターです。

ちなみに、生まれはスイスで、ベルン近郊のビールという街で生まれています。

・・・・・ビールみたいな名前のうえに、ビールで生まれていたんですね。

 

と、それはさておきまして。

生前は人気も高かったヴァルザーですが、

死後、長らく忘れ去られた存在となっていました。

さて、ヴァルザーには詩人で小説家のローベルト・ヴァルザーという1コ下の弟がいます。

ローベルトのほうは生前、兄ほどの知名度はなかったそうですが、

死後に評価が高まり、彼の名前が付いた文学賞も存在しているほど。

その兄ということで、ここ近年注目が集まり、

スイスでヴァルザーの再評価の機運が高まりつつあるそうです。

 

本展は、そんなカール・ヴァルザーの日本初となる回顧展。

約150点の出展作品はすべてスイスから初来日したものです。

前半で紹介されているのは、ベルリン時代の作品の数々。

 

カール・ヴァルザー《窓際の猫》展覧会

《婦人の肖像》 1902年 ゴットフリート・ケラー財団(新ビール美術館寄託)

 

 

世紀末当時のベルリンでは、旧来のアカデミックな伝統から離脱して、
新しい造形芸術を目指した「ベルリン分離派」という運動がありました。
若き日のカールは、その運動に参加。
世紀末感あふれる象徴主義的な絵画を多く描いています。
とりわけ闇の表現に長けている印象を受けました。

 

カール・ヴァルザー《隠者》:森と月明かりの幻想画

《森》 1902–03年 新ビール美術館

 

カール・ヴァルザー作 鴨川の納涼床 幻想的な夜景

《夜の散歩》 1905年頃 個人蔵

 

 

この時代の作品の中で妙に気になったのが、《隠者》という一枚です。

 

カール・ヴァルザー《隠者》絵画

《隠者》 1907年 チューリヒ美術館(H・E・マイエンフィッシュ博士コレクション、1946年収集)

 

 

中世の隠者のような老人が、

中世の廃墟のような建物の前で、
中世の写本のようなものを読んでいます。
20世紀に描かれた絵画とはとても思えないほど、不思議な風格が漂っていました。
なお、ローベルトもそんな兄の絵に刺激されたらしく、
この絵に着想を得た散文を描いているようで、併せて紹介されています。
 
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それからもう一つ印象に残っているのが、 《窓際の猫》
 
窓辺の猫、カール・ヴァルザー作
《窓際の猫》 1924年 ゴットフリート・ケラー財団(新ビール美術館寄託)
 
 

まるで絵本の一場面のような趣があります。

本を読んで世界の存在を知った猫が、

家から飛び出し、冒険に出ようとしているのかも。

観れば観るほど、想像力を掻き立てられる一枚でした。

 

 
本展で続いて紹介されているのは、
ヴァルザーの日本滞在時の作品の数々です。
 
カール・ヴァルザー《鴨川の納涼床》水彩画

《歌舞伎の女形[阿古屋](《歌舞伎の一場面》のための習作)》 1908年 ベルン美術館(友の会)

©Kunstmuseum Bern

 

 

実は、カール・ヴァルザーは、1908(明治41)年に、

日本各地を旅行し、横浜や東京、京都などを巡っています。

彼が来日することになったのは、ある事件がきっかけでした。

当時、ヴァルザーにはモリーという恋人がいました。

ところが、ヴァルザーは別の女性に心を奪われてしまうのです。

そんな恋人の心変わりを知ったモリーは、自殺を遂げます。

それも、ヴァルザーの目の前でのピストル自殺だったそう。

その出来事にカールは大きなショックを受けました。

ベルリン分離派のメンバーで出版業者でもあったパウル・カッシーラーは、

精神的に落ち込むヴァルザーを見かねて、日本で遊べばリフレッシュできるだろうと、

新進気鋭の小説家ベルンハルト・ケラーマンとの2人旅行を彼に提案します。

もちろん旅費はパウル持ちで。

・・・・・心変わりしたカールが100:0で悪い気がしますが、

結果的に、半年にもわたる日本旅行をちゃっかりゲットし、

日本から帰国後には、心変わりした女性と結婚したようです。

モリーの立場を考えるとなんとも複雑な気持ちになりますが、

もし、その日本旅行がなければ、2人による日本紀行文は存在していませんし、

 

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ベルンハルト・ケラーマン著/カール・ヴァルザー挿絵・表紙

『さっさ よ やっさ 日本の踊り』 1911年刊 ローベルト・ヴァルザー財団、ベルン

 

 

明治期の日本を描いたカールの絵画やスケッチの数々も存在していなかったわけです。
 

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《祇園、京都・八坂神社》 1908年 新ビール美術館

 

カール・ヴァルザー「東京」のスケッチ
《東京の街路》 1908年 ベルン美術館(友の会)

 

 

なお、それらカールが日本を描いた作品の中で、

もっとも目を惹かれたのが、鴨川の納涼床を描いた一枚。

 

カール・ヴァルザー描く鴨川納涼床

《京都先斗町の鴨川納涼床》 1908年 ゴットフリート・ケラー財団(新ビール美術館寄託)

 

 

光と闇の表現が実に素晴らしく、

ヴァルザーの本領がいかんなく発揮されています。

日本人の目で見ても十分に幻想的ですが、

納涼床の文化を知らないスイスの人の目には、

その何倍も幻想的な光景に映ったことでしょう。

ヴァルザーがこの光景を描いてくれて良かった。

そういう意味では、ヴァルザーの心変わりさまさまです(←?)。

星星

 

 

ちなみに。

本展では他にも、弟ローベルトの本も含む装幀や挿絵、

セットやコスチュームのデザインといった舞台美術など、

ヴァルザーの多彩な活動ぶりが余すことなく紹介されています。

 

カール・ヴァルザー展:ベルリン時代の作品

《ローベルト・ヴァルザー著『詩集』挿絵のためのエッチング》 1908年 ローベルト・ヴァルザー財団、ベルン

 

カール・ヴァルザー展、ベルリン時代の作品
左)《芝居の一場面》 1929年  右)《ウィリアム・テルの捕縛》 年代不詳 ともにヴィンタートゥール芸術文化歴史財団
 

 

中でも印象的だったのが、妹宛のこちらの手紙。

 

カール・ヴァルザー直筆の手紙

 

 

その手紙には、こんな内容が書かれていました。

 

彼らの古来の伝統からすれば、

日本人はおそらく地球上で最も愛情深く幸福な人たちでしょう

 

さらに、読み進めていくと、こうあります。


こうした美しきことすべても、いまや時間の問題でしかありません。
好むと好まざるとにかかわらず、日本はアメリカのようになるでしょう、

商売人たちが国の主人となり、かつてよりのサムライ、

古き時代の騎士たちは死に絶えるでしょう。

 

 

カール・ヴァルザーは、予言者でもあったようです。

 

 

 ┃会期:2026年4月18日(土)~6月21日(日)

 ┃会場:東京ステーションギャラリー

 ┃https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202604_karl.html

 

~読者の皆様へのプレゼント~
“カール・ヴァルザー展”の無料鑑賞券を5組10名様にプレゼントいたします。
住所・氏名・電話番号を添えて、以下のメールフォームより応募くださいませ。
https://ws.formzu.net/fgen/S98375463/
なお、〆切は5月8日です。当選は発送をもって代えさせていただきます。

 

 

 

 

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