井上有一の書と戦後グラフィックデザイン 1970s-1980s | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

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戦後を代表する前衛書道家として、

国内外で高い評価を得た井上有一(1916~1985)

その没後40年を記念して、渋谷区立松濤美術館では現在、

“井上有一の書と戦後グラフィックデザイン 1970s-1980sが開催中です。

 

(注:館内の写真撮影は、特別に許可を頂いております)

 

 

展覧会の序章としてまず紹介されていたのは、

井上有一の代名詞とも言うべき「一文字書」。

どちらも大画面にダイナミックに『花』の一字が書かれています。

 

右)井上有一《花》 1970年 個人蔵

左)井上有一《花》 1957年 京都国立近代美術館

 

 

その向かいに展示されていたのは、

1971年に出版されたという初の作品集『花の書帖』です。

 

井上有一著・福田繁雄造本『花の書帖』 求龍堂 1971年 個人蔵

 

 

何より印象的なのは、装丁にまったく井上有一らしさが感じられないこと。

この本を開くと、あんなにも大胆な書が現れるだなんて誰が予想できるでしょうか。

ちなみに、この斬新な装丁を手掛けたのは、

「日本のエッシャー」の異名を持つグラフィックデザイナー・福田繁雄です。

ある意味、だまし絵よりもだまし絵です(←?)。

 

 

さて、展覧会の第1章では、井上有一の初期、

1940年から50年代にかけての書が紹介されていました。

その中には、書家としてのデビュー作《自我偈》や、

どことなくミロの絵画を彷彿とさせる抽象的な作品も。

 

井上有一《自我偈》 1949年 個人蔵

 

井上有一《α No.27》 1952年 個人蔵

 

 

さらには、第4回サンパウロ・ビエンナーレに出品され、

国際的に評価された3点の《愚徹》のうちの1点も紹介されていました。

 

井上有一《愚徹C》 1956年 国立国際美術館蔵

 

 

続く第2章では、60年代の井上有一作品が紹介されています。

井上有一は書そのものも独創的ですが、作品に使用する墨もまた、独創的です。

例えば、こちらの3点に使われているのは、「凍墨(こおりずみ)」。

 

渋谷区立松濤美術館 会場風景

 

 

凍墨」とは、墨と膠を水で溶いたものに筆を入れ、一晩寝かせて固形化させたものだそう。

冷やして固めなければならないため、この頃の彼は冬にのみ制作をしていたそうです。

・・・・・ということは、それ以外はお休み?!

と、羨ましく感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、

実は井上有一は、書家として活動する一方で、生涯小中学校の教師も務めました。

中学校教頭や小学校校長も歴任しており、
その教え子の中には、加山雄三やいかりや長介もいたのだとか。

1960年代は、戦後のベビーブーム世代が、

小中学生となったことで、生徒数が増加した時代。

井上有一が冬しか制作しなかったのには、そういった時代背景もあるようです。

 

なお、その後、井上は「凍墨」から「ボンド墨」を使うように。

「ボンド墨」は文字通り、水性ボンドを墨に混ぜたものです。

 

井上有一《座》 1966年 個人蔵

 

 

ボンド墨は、膠を使うよりも手軽で、

かつ、大量に作り置きすることも可能となったそう。

作品の制作と教師生活とを両立する中で生まれた時短の墨。

それが、ボンド墨なのです。

 

 

さてさて、本展のハイライトというべきが、第3章。

70年代から晩年の80年代にかけての、井上作品とともに、

井上作品を用いたデザインや広告の数々が紹介されています。

 

渋谷区立松濤美術館 会場風景

 

 

渋谷区立松濤美術館のある渋谷と井上有一。

一見すると何の接点も無いような気がするかもしれません。

しかし実はこの当時、パルコの広告をはじめ、

いわゆる“セゾン文化”において彼の書が取り入れられていたそうです。

 

渋谷区立松濤美術館 会場風景

 

 

また、井上有一の没後の1986年には、

浅葉克己さんや糸井重里さんら「生きている井上有一の会」により、

渋谷西武シードホールにて、“生きている井上有一展”が開催されています。

意外にも、井上有一は渋谷と縁の深い作家だったのですね。

 

AD:浅葉克己 C:糸井重里 「生きている井上有一展」 1986年 個人蔵

 

 

ちなみに。

“生きている井上有一展”のポスターには、こちらのバージョンも。

 

AD:副田高行+仲畑貴志 「YUICHI VIVANT」 1986年 個人蔵

 

 

よく見ると、『VIVANT』という単語がありました。

この当時にすでに、『VIVANT』があったのですね!

展覧会の本筋とは何ら関係ないですが、思わず反応してしまいました。

 

 

なお、戦後80年を記念して、

本展では「特集 戦争と井上有一」というコーナーも。

こちらでは、自身の壮絶な空襲体験をもとにした、

彼の代表作の一つ《噫横川国民学校》が紹介されています。

 

井上有一《噫横川国民学校》 1978年 群馬県立近代美術館蔵

 

 

また、終章では、69才で亡くなる数年前に、

死期を悟った井上有一が手掛けた《夢幻記》を紹介。

 

井上有一《夢幻記》 1979年 個人蔵

 

 

ベニヤ板で作られた二曲屏風に、

彼の幼少期の思い出が詳細に書かれたものです。

一文字書とは対照的に、細かい文字がびっしり。

精密な絵を描いていた人が、

晩年に大胆な作風になるパターンは往々にしてありますが、

井上有一に関しては、その真逆だったようです。

 

ちなみに。

こちらの《夢幻記》を意識したのでしょうか、

本展のラストで紹介されていた井上有一の年表も・・・・・

 

 

 

細かい文字でビッシリと書かれていました。

 

 

 ┃会期:2025年9月6日(土)~11月3日(月・祝)

 ┃会場:渋谷区立松濤美術館
 ┃https://shoto-museum.jp/exhibitions/209inoue/

 

 

 

 

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