現在、サントリー美術館で開催されているのは、儒教をテーマにした展覧会。
その名も、“儒教のかたち こころの鑑―日本美術に見る儒教―”です。
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を頂いております。)
儒教をテーマにした展覧会が開催されるのは、
サントリー美術館が開館して以来初めてとのこと。
いや、サントリー美術館に限らず、国内の美術館での開催自体が珍しいのでは?
仏教美術の展覧会は数多くあれど、
僕が記憶する限りでは、儒教美術の展覧会は今回が初めて。
てか、そもそも儒教美術って何?
展覧会を1本開催できるほど、バリエーションはあるの??
そんな状態で会場を訪れましたが、僕の心配は全くの杞憂に終わりました。
想像していた何倍も、バリエーションが豊か。
これまでに目にしたことがある美術品の数々が、
実は、儒教に関するものであったことも本展を通じて知れました。
例えば、紫宸殿において天皇の玉座の背後を飾る「賢聖障子(けんじょうのしょうじ)」。
描かれているのは、諸葛亮や太公望といった中国古代の賢臣たちです。
日本では古来より、政治を司るものが自身の戒めとするために、
このように儒教をもとにした絵画を宮殿や城郭の壁や襖に描く風習がありました。
「帝鑑図」と呼ばれる画題も、そのうちの一つ。
「帝鑑図」とは、中国・明の時代に編纂された『帝鑑図説』をもとにしたものです。
『帝鑑図説』は為政者の必読書の1つで、徳川家康もその愛読者だったそう。
中国歴代皇帝たちの81の善例と、36の悪例が収められています。
なお、そんな悪例のうちの1つとして紹介されているのが、酒池肉林。
そう、酒池肉林のエピソードは、『帝鑑図説』によって広まったものなのでした。
どこぞの若手議員たちにも、『帝鑑図説』を読ませたいものですね。
とそれはさておき、儒教にまつわる画題には、こういったものも。
『CanCam』の表紙モデルばりに、
おじさん3人がひしめき合って(?)います。
描かれているのは、実はただのおじさんではなく、
儒教の祖・孔子、仏教の祖・釈迦、道教の祖・老子の3人。
3つの宗教が根本において一致するという、
中国の思想から生まれた画題で、「三教図」と呼ばれています。
仲の良さをことさら強調している感じは、
どことなく首脳会談での記念撮影を彷彿とさせるものがありました。
さて、本展では他にも、徳川五代将軍綱吉が、
儒学の振興を図るべく創建した湯島聖堂にまつわる品々や、
儒教の教えがその根底にある物語として、
『忠臣蔵』や『南総里見八犬伝』も紹介されています。
他にも、足利学校で長年大事にまつられてきた、
国内現存最古の彫刻による孔子像も展示されていました。
なお、孔子の像の後ろに展示されているのは、
南宋時代の貴重な儒教経典で国宝の『尚書正義』。
開かれたページの下にある矢印は、
「百姓昭明協和万邦」の1文を指し示しています。
実はこの1文を出典として、『昭和』という元号が生まれたのだそう。
また、『尚書正義』には、こんな1文も登場します。
「帝曰兪地平天成六府三事允治萬世永頼時乃功」。
これを出典として誕生したのが、『平成』という元号。
湯島聖堂や『忠臣蔵』から、慣れ親しんだ元号まで。
儒教はこんなにも僕らの生活と密接だったのですね。


ちなみに。
儒教にまつわるさまざまな画題の中で、
江戸時代もっともポピュラーだったというのが、「二十四孝」。
古代中国において特に親孝行だった24人を紹介した物語です。
親孝行ベスト24に選抜されるだけあって、
彼らの親孝行エピソードは、一般人のものとは格が違います。
いや、ぶっとんだものばかりです。
呉猛(8歳)のエピソードを一例に挙げると、
彼の家はとても貧しく、蚊帳を買うお金さえもなかったそう。
そこで呉猛は考え、自分の着物を親に着せ、
裸になることで身代わりになって蚊に刺されました。
それを毎日続けたところ、蚊は呉猛だけを刺すようになり、親を刺すことはなくなったとか。
・・・・・・いや、呉猛もスゴいけど、空気を読んだ蚊もスゴいだろ!
それから、こちらの布団地のモチーフとなっているのは、孟宗の親孝行エピソード。
幼い時に父を亡くし、年老いた母を養っていた孟宗。
ある冬の日、病気になった母は、筍が食べたいと言いだしました。
孟宗はとりあえず竹林に行ってみるも、冬なので当然筍はありません。
天に祈りながら、涙を流して孟宗が雪を掘っていると、
みるみるその雪が融け、土の中から筍が沢山出てきました。
その筍を採って帰り、母に与えたところ、たちまち病も癒えて天寿を全うしたそうな。
めでたしめでたし・・・なのか?
毒親にもほどがあるだろ。
それはともかく、このエピソードが、
モウソウチク(孟宗竹)の由来となっているそう。
そんなところにも、儒教の影響が!












