~前回までのあらすじ~
「国宝はとびきりの愛なんだよ?」
宮城県で目にした国宝の石碑も、
山梨県で目にした国宝の大鎧も、どっちもほしい。
国宝ハンターは欲張りなんだ。
推しの国宝を求めて、彼は今日も日本全国を駆け巡る。
2024年秋の国宝ハンター3連発。
ラストにやってきたのは、国宝のメッカともいうべき京都。
京都駅からさらに電車に乗って、お隣の宇治市へとやってきました。
降り立ったのは・・・・・
黄檗駅。
初見ではなかなか読めない難読駅です。
(“おうばく”駅と読みます)
この駅のほど近くにあるのが、今回の旅の目的地。
17世紀半ばに中国より伝来した黄檗宗の大本山の寺院、萬福寺です。
開創したのは、中国の僧・隠元隆琦禅師。
インゲン豆の語源となった人物です。
ちなみに、隠元さんはインゲン豆だけでなく、
スイカやレンコン、タケノコ、さらには煎茶も日本に伝えました。
日本の食文化にとって、重要な人物の一人と言っても過言ではありません。
さて、そんな隠元さんにゆかりある萬福寺には、
日本古来のスタイルに中国由来の意匠や形式を融合した、
独特の様式の寺院建築が数多く存在しています。
そのうちの3棟が、今年10月18日に国宝に昇格しました。
まず1棟目は、萬福寺の玄関となる天王殿。
こちらには、ゴージャスな布袋像が安置されていました。
布袋は弥勒菩薩の化身だそうで、
萬福寺では、弥勒仏として扱われているとか。
弥勒仏といえば、一般的には華奢で女性的な印象ですが、
こちらの萬福寺の弥勒仏は、その真逆も真逆といいましょうか・・・。
個人的には、アメリカの悪役プロレスラーに見えました。
国宝に昇格した2棟目は、法堂です。
特徴的だったのは、回廊に設けられた欄干の形。
この形を『卍くずし』というそうです。
崩し過ぎて、布袋寅泰のギターの模様みたくなっていました。
そして、萬福寺の本堂である大雄寶殿も、
天王殿と法堂とともに、重要文化財から国宝に昇格。
南アジアや東南アジア原産のチーク材が使用されており、
日本では唯一にして最大のチーク材を使った歴史的建造物でもあるのだそうです。
なお、ご本尊は釈迦如来像。
発注をミスって、内部に入れる時にギュンと曲げたのか。
はたまた、ここに安置されてから成長してそう伸びざるを得なかったのか。
横から観ると、光背が妙な曲がり方をしていました。
そんな釈迦如来像の両サイドに安置されていたのは、十八羅漢像。
一般的には、十六羅漢像ですが、
中国の明代の形式を取り入れた萬福寺では、
慶友尊者と賓頭蘆(びんずる)尊者の2体がプラスされているそうです。
ただ、萬福寺的には、その2体よりも羅睺羅(らごら)尊者推しのようで。
山門の脇には、羅睺羅尊者の顔はめパネルが設置されていました。
普通の顔はめパネルでさえ恥ずかしいのに。
これはかなりの羞恥プレイです。
煩悩が完全に無くなった際に初めて、顔をはめられる気がします。
何はともあれ、これにて、
《天王殿・法堂・大雄寶殿》(ジャンル:建造物)をハンティングしました。
最後に、国宝でも何でもなんでも無いですが、
萬福寺を訪れたら是非観ておきたいのが、開梛。
「開梛」と書いて、「かいぱん」と読むそうです。
この謎の巨大な魚の正体は、主に僧侶たちに、
食事の時刻などを知らせるために叩いて鳴らされたもの。
確かに、中心に叩かれた痕が見て取れます。
見ようによっては、DV痕のようにも?
現代だったら、動物虐待とも捉えられかねません。
ちなみに。
隠元さんによって中国から伝えられたこの開梛が、
実は何を隠そう、木魚の原型になったとされています。
食べ物だけでなく、木魚も日本に根付かせていただなんて。
隠元さんはもっと評価されるべきです。
今現在の国宝ハンティング数 1059/1144(1143改め)
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