第百九十七話 国宝ハンター、称える! | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

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前回までのあらすじ~
「国宝はとびきりの愛なんだよ?」

宮城県で目にした国宝の石碑も、

山梨県で目にした国宝の大鎧も、どっちもほしい。

国宝ハンターは欲張りなんだ。

推しの国宝を求めて、彼は今日も日本全国を駆け巡る。

 

 

2024年秋の国宝ハンター3連発。

ラストにやってきたのは、国宝のメッカともいうべき京都。

京都駅からさらに電車に乗って、お隣の宇治市へとやってきました。

降り立ったのは・・・・・

 

 

 

黄檗駅。

初見ではなかなか読めない難読駅です。

(“おうばく”駅と読みます)

この駅のほど近くにあるのが、今回の旅の目的地。

 

 

 

17世紀半ばに中国より伝来した黄檗宗の大本山の寺院、萬福寺です。

開創したのは、中国の僧・隠元隆琦禅師。

インゲン豆の語源となった人物です。

ちなみに、隠元さんはインゲン豆だけでなく、

スイカやレンコン、タケノコ、さらには煎茶も日本に伝えました。

日本の食文化にとって、重要な人物の一人と言っても過言ではありません。

 

さて、そんな隠元さんにゆかりある萬福寺には、

日本古来のスタイルに中国由来の意匠や形式を融合した、

独特の様式の寺院建築が数多く存在しています。

そのうちの3棟が、今年10月18日に国宝に昇格しました。

まず1棟目は、萬福寺の玄関となる天王殿。

 

 

 

こちらには、ゴージャスな布袋像が安置されていました。

 

 

 

布袋は弥勒菩薩の化身だそうで、

萬福寺では、弥勒仏として扱われているとか。

弥勒仏といえば、一般的には華奢で女性的な印象ですが、

こちらの萬福寺の弥勒仏は、その真逆も真逆といいましょうか・・・。

個人的には、アメリカの悪役プロレスラーに見えました。

 

国宝に昇格した2棟目は、法堂です。

 

 

 

特徴的だったのは、回廊に設けられた欄干の形。

 

 

 

この形を『卍くずし』というそうです。

崩し過ぎて、布袋寅泰のギターの模様みたくなっていました。

 

 

そして、萬福寺の本堂である大雄寶殿も、

天王殿と法堂とともに、重要文化財から国宝に昇格。

 

 

 

南アジアや東南アジア原産のチーク材が使用されており、

日本では唯一にして最大のチーク材を使った歴史的建造物でもあるのだそうです。

なお、ご本尊は釈迦如来像。

 

 

 

発注をミスって、内部に入れる時にギュンと曲げたのか。

はたまた、ここに安置されてから成長してそう伸びざるを得なかったのか。

横から観ると、光背が妙な曲がり方をしていました。

 

 

 

そんな釈迦如来像の両サイドに安置されていたのは、十八羅漢像。

 

 

 

一般的には、十六羅漢像ですが、

中国の明代の形式を取り入れた萬福寺では、

慶友尊者と賓頭蘆(びんずる)尊者の2体がプラスされているそうです。

ただ、萬福寺的には、その2体よりも羅睺羅(らごら)尊者推しのようで。

 

 

 

山門の脇には、羅睺羅尊者の顔はめパネルが設置されていました。

 

 

 

普通の顔はめパネルでさえ恥ずかしいのに。

これはかなりの羞恥プレイです。

煩悩が完全に無くなった際に初めて、顔をはめられる気がします。

 

何はともあれ、これにて、

《天王殿・法堂・大雄寶殿》(ジャンル:建造物)をハンティングしました。

最後に、国宝でも何でもなんでも無いですが、

萬福寺を訪れたら是非観ておきたいのが、開梛。

「開梛」と書いて、「かいぱん」と読むそうです。

 

 

 

この謎の巨大な魚の正体は、主に僧侶たちに、

食事の時刻などを知らせるために叩いて鳴らされたもの。

確かに、中心に叩かれた痕が見て取れます。

見ようによっては、DV痕のようにも?

現代だったら、動物虐待とも捉えられかねません。

 

ちなみに。

隠元さんによって中国から伝えられたこの開梛が、

実は何を隠そう、木魚の原型になったとされています。

食べ物だけでなく、木魚も日本に根付かせていただなんて。

隠元さんはもっと評価されるべきです。

 

 

今現在の国宝ハンティング数 1059/1144(1143改め)




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