~前回までのあらすじ~
日本の国宝をすべて目にするには、
一体どれくらいの労力がかかるのだろうか。
そんな疑問に自ら答えを出すべく、2011年より、
国宝を求めて日本全国を旅している国宝ハンター・とに~。
月日を重ねるごとに、国宝への愛着が増し、
いつの間にやら、年齢も41歳となっていました。
国宝に恋した41歳。
今日も旅を続けています。
先日、池袋駅の辺りを何気なく歩いていた時のこと。
このようなポスターが、ふと目に飛び込んできました。
どうやら、今年2024年は、
古代東北の政治・文化の中心として繁栄した、
多賀城が創建して1300年という節目の年だそうで。
「つなぐ、つなげる。1300年。」をキャッチフレーズに、
多賀城創建1300年記念事業が行われているようです。
多賀城といえば、今年の春にアレが国宝に指定されましたっけ。
これは行くしかないですね!
というわけで。
思い切って、多賀城に足を運んでみることにしました。
JRには「多賀城」という駅もありますが、
特別史跡である多賀城跡の最寄り駅は、「国府多賀城」とのこと。
名前は似ていますが、2つの駅は距離にして約2.5㎞も離れています。
これから行かれる方は、どうぞお間違えのないように。
自分も一瞬、そのトラップ(?)に引っ掛かりそうになったものの、
済んでのところで気が付いて、無事に国府多賀城駅のほうに着きました。
こちらが、その駅前の様子です↓
池袋駅で見かけたポスターは、
だいぶ人で賑わっている感じでしたが、
実際の駅前は、そうでもありませんでした。
まぁ、でも、駅前はこんな感じでも、
きっと肝心の多賀城跡は人で賑わっているはず!
いや、誰もおらんのかーーい!!
ポスターの中での多賀城跡は、
あんなにも人が溢れていたというのに。
しかも、ポスターの中で、
もっとも目を惹いていた多賀城南門は、
表側は立入禁止で、裏側からしか観られず。
もちろん立派ではありましたが、
奈良の平城京の正門(朱雀門)と比べてしまうと・・・う~ん。
とはいえ、国宝ハンターとしては、観光がメインではありません。
国宝さえ観られれば良いのです。
お目当ての国宝は、こちらの覆堂に収められています。
その中を覗いてみると・・・・・
《多賀城碑〈天平宝字六年十二月一日/〉》(ジャンル:古文書)がありました。
多賀城碑は、奈良時代の貴族・藤原朝狩が、
762年に多賀城を大改修した際に、その記念碑として建造したもので、
同じく国宝の那須国造碑とともに、日本三古碑の1つに数えられています。
あの松尾芭蕉もこの地を訪れた際には、
多賀城碑と対面し、その感激を『奥の細道』に記したとか。
なお、碑の中で最も大きく書かれているのは、最上部の『西』の一字。
その下の前半部には、奈良の平城京や常陸国などから多賀城までの距離が、
後半部には、多賀城の創建や大改修、この碑が建造された年が記載されています。
ちなみに。
『西』の下に書かれた文章の文字数は、140字です。
そう、ちょうどX(Twitter)の文字制限数と一致するんだよね。
これはもう偶然なんかじゃないよね。
Twitterは多賀城碑を参考にしていたかもしれないって話。
信じるか信じないかはあなた次第です。
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