円山応挙 「写生」を超えて | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

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根津美術館で開催中の “円山応挙 「写生」を超えて” に行ってきました。

丸山
(注:館内の写真撮影は、特別に許可を頂いております。)


こちらは、根津美術館の開館75周年を記念した特別展で、
江戸時代を代表する画家のひとり円山応挙がフィーチャーされています。
根津美術館が誇る重要文化財の 《藤花図屏風》 と、
三井記念美術館が所蔵する国宝の 《雪松図屏風》(前期展示) が夢の競演を果たしてたり、

会場


代表作の一つ、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する 《牡丹孔雀図》(前期展示) が展示されていたり、

クジャク
[写真左] 円山応挙 《牡丹孔雀図》 1幅 絹本着色 安永5年(1776) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
[写真右] 円山応挙 《仙山観花図》 1幅 絹本着色 安永7年(1778) 個人蔵



と、期待以上に豪華な内容となっていました。
また、通常は2つの展示室ないしは1つの展示室で企画展を開催している根津美術館ですが。
今回の円山応挙展は、3つの展示室で展開されています。
開館75周年特別展に相応しい、質・量ともに大充実の展覧会でした。
星星


さて、円山応挙と言えば、写生。
日本における写生画のパイオニアとして紹介されることの多い人物です。
もちろん今回の展覧会でも、そんな円山応挙の写生画は、数多く紹介されていましたが。

円山応挙
[写真右] 重要美術品 円山応挙 《龍門図》 3幅 絹本着色 寛政5年(1793) 京都国立博物館蔵
[写真左] 重要美術品 円山応挙 《老松鸚哥図》 1幅 絹本着色 天明7年(1787) 個人蔵


円山応挙
重要文化財 円山応挙 《写生図巻》 2巻 紙本着色 写生年:明和7年−安永元年(1770−72) 株式会社千總蔵


若手時代の作品であったり、

若手
[写真右] 円山応挙 《雨中山水図屏風》 2曲1隻 紙本墨画 明和6年(1769) 個人蔵
[写真左] 重要美術品 円山応挙 《芭蕉童子図屏風》 2曲1隻 紙本墨画淡彩 明和6年(1769) 個人蔵



玩具商の奉公していた時代に制作した眼鏡絵 (レンズ付きの覗き眼鏡で見て楽しむ絵) であったり、

眼鏡絵
円山応挙 《四条河原夕涼図(眼鏡絵)》 1幅 紙本着色 宝暦年間(1751−64)頃 個人蔵


写生の道を見出す前の円山応挙作品も紹介されています。
言うなれば、円山応挙エピソード1。
とても興味深かったです。


ちなみに、今回の展覧会の目玉は何と言っても、
円山応挙の最高傑作との呼び声も高い 《七難七福図巻》 でしょう。
(注:期間中展示替えあり)

七難七福図巻
重要文化財 円山応挙 《七難七福図巻》 3巻 紙本着色 明和5年(1768) 相国寺蔵


こちらは、経典に説かれる七難と七福をリアルに描いた絵巻。
全3巻からなり、全長は15メートルにも及びます。
難と福が、半々で描かれているのかと思いきや、
難を表す [天災巻] と [人災巻] に対して、福を表すのは [福寿巻] のみ。
3分の2が、難って。。。
人生は、そんなに甘くないようです。

また、どうせ難に遭うならば、
“まだ天災のがマシかも・・・” と思えるくらいに、

天災巻
重要文化財 円山応挙 《七難七福図巻》 3巻 紙本着色 明和5年(1768) 相国寺蔵


円山応挙が描く人災は、バイオレンスでハードでした。

人災
重要文化財 円山応挙 《七難七福図巻》 3巻 紙本着色 明和5年(1768) 相国寺蔵


グロ注意。
タランティーノにも三池崇史にも引けを取りません。
閲覧の際にはご注意を。




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