― (前編)・(中編) からの続き ―
「写楽=【DJ OZMA】説」を採って、他の写楽の謎も解決しちゃおう!
というのが、後編のお話。
さて、そもそもの謎として、
「写楽は、なぜ、こんな役者絵を描いたのか?」というものがあります。

「“こんな”って、どんな?」
と質問されそうなので、答えておきます。
それは、 “役者絵=江戸時代のブロマイド”なのに、
全然カッコよく描かれていないということ。
上の作品は、四代目松本幸四郎を描いたものなのですが、
無惨にも、シワが目立つように描かれています。
こちらの 《中山富三郎の宮城野》なんか、

もはや悪意すら感じます (笑)。
さらに、もう一枚。
上の2作品とともに、役者絵シリーズとして出版されたうちの一枚《都座楽屋頭取口上の図》。

くどいようですが、“役者絵=江戸時代のブロマイド”。
しかし、この絵に描かれているオッサンは、
役者ですらなく、劇場の単なるお偉いさん。
「誰だよ(笑)?」
と、当時の人すら総ツッコミしたことでしょう。
このように、写楽は批判こそされど、
決して人に褒められるような作品を描いていないのです。
なぜ?
しかし、 「写楽=【DJ OZMA】説」の立場に立つなら、答えは一目瞭然。
批判されることをすればするほど、目立つからに他なりません。
【DJ OZMA】と言えば、
めちゃめちゃ物議を醸した第57回紅白歌合戦でのこのパフォーマンス。
女性のダンサーが裸にしか見えないボディスーツを着たという、例の事件です。
当然、このパフォーマンスは歴史に残るほどのクレームの嵐を巻き起こしたのですが、
この放送後、CDの売り上げは3割増、オリコンのランキングは急上昇しました!
写楽も、これと同じように、
あえて批判を受ける作品を描くことで、目立とうとしたのではないでしょうか。
つまり、写楽も【DJ OZMA】と同じように、
パフォーマンスに重きを置いたアーティストだったのでは?
さらに言えば、扇情的なパフォーマンスを展開したい2人にとって、
楽曲や浮世絵の作品そのものの完成度は、そんなに重要ではないのです 。
(だから、写楽の作品は稚拙と批判されていたのか!)
こう考えると、残る2つの謎もスッキリと解決する気がします。
“なぜ、写楽は春画を残していないのか?”
春画とは、今でいう、エロ本。アダルトな本です。
当時、どんな浮世絵師も、春画を描いていました。
それは、生活のためというのが大きな理由。
春画を描かねば食べていかれない、
浮世絵界は、かくもシビアな世界だったのです。
しかしながら、写楽は一切春画を残していません。
なぜ?
【DJ OZMA】並にお騒がせ男だったであろう写楽。
きっと、他の浮世絵師よりも、
春画以上のもっと際どいモノを描いてしまったのではないでしょうか。
【DJ OZMA】があの一件で、
国営放送であるNHKに出入り禁止という重いお咎めを受けたように。
写楽もお国を敵に回すようなモノを発表してしまい、
その結果、全作品が出版禁止・回収されてしまったのです。きっと。
つまり、春画を残していないのではなく、
全て強制的に処分されてしまったのでしょう(笑) 。
さらに想像を膨らませるならば、このお騒がせな一件で、
写楽の浮世絵師としての生命が断たれてしまったのではないでしょうか。
“写楽は、なぜ、約10ヶ月間しか活動しなかったのか?”
この謎に対しての答えは、
国からの圧力で、強制的に活動停止に追い込まれたからです。
おそらく、約10ヵ月というのは、
“デビューして、調子に乗ってアホなパフォーマンスをして、活動を追い込まれる”
という周期の長さなのではないでしょうか。
なぜなら!(←ここが、今回のハイライト)
【DJ OZMA】 がデビューしてから、
紅白歌合戦で、あのパフォーマンスをするまでの期間もまた、ちょうど約10ヵ月なのです!
(結論)
とある有名作家が“写楽”名義で、過激なパフォーマンスを展開したのだが、
過激すぎるが故に活動を追い込まれ、その後はまた元の名前に戻って、地道に活動した。
いやぁ、これにて、一件落着です(笑)
最後に、写楽の《大童山土俵入り》という作品をご紹介しましょう。
描かれているのは、チビッ子力士。
6歳で身長120cm、体重71kgだったそうな…

ここ数日、だいぶ「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」のPVを見ていたので、
どうもボディスーツを着て、
“♪Na-Na-NaNaNa NaNaNa NaNaNa Na-Na-NaNaNa”
と踊ってるようにしか見えません。。。
では、また。
次回の “とに~の美術家列伝” で。