右かたつむりカフェ 京都ランチ会

右神戸へ!阪急神戸線、神戸元町、メリパ、記憶が…

の続きです。



インバウンド観光客の増加、新しいモニュメント、街並みに移り変わりはあっても

百万ドルの夜景を誇る神戸は、どっしりと誇りを保っていました。



神戸元町中華街へ。動けないほどのすごい人びっくり

あまり小銭を持っていなかった私は

豚まんだけ買いました💦

コンビニで現金をおろしたものの、疲れて行列に並ぶ覚悟がありません。

大好きな大根もちは断念しました。また行く!


阪神の駅には競馬のウィンズがあったな〜

と忘れつつあった記憶。



JR神戸元町から神戸大学に移動

JR六甲道のバス乗り場は忘れていました。

阪急沿線やったからしゃーないね


神戸市バスが激混みだと思ったら🚌

母校はちょうど学園祭。なんたるラッキー!

私の卒業後に生まれた学生さんが頑張っています。

学生の熱気に若返りそうウインク



バスで最初に向かったのは発達科学部。

開いているか心配でしたが、普通に入れました。


学園祭の日でしたが、

少し離れた発達科学部(現・国際人間学部)は人がおらず、怖いくらい。

(高台のキャンパスでも催しをしたら、お客さんをバスで移動させるん?って話になりますね)


(激疲れのため、写真は加工)



発達科学部(いえ、だいぶ前から国際人間学部)は大学っぽくなくて、小学校みたいな校舎。

階数だけはあるけれど。

(感慨に浸っていますが、疲れすぎてひどい顔しかできず。)


校舎に入ったのは卒業以来でしょうか。

トイレが綺麗になっていましたびっくり

発達の、いや、国際人間学部の学食はあんま変わってなかったな。



行きたかった神戸大学百年記念館まで下山。

この眺めに会いたかったおねがい

なんて眺望の素晴らしい大学だったのだろう!


ちなみに、国際人間学部からの眺めは最高ですよ!

写真に載らない神戸大ですが、一番高台にありますから。



見たかった神戸大学震災犠牲者の追憶。

2025年1月17日で、震災から30年です。

私より少し年上の未来ある学生や、職員が犠牲になっています。

お一人ずつの追憶の展示を読みました。

言葉になりません。


今日という日は

あの日突然人生を終わりにさせられた人が

生きたかった「今日」です。


生きるか死ぬかなんて、ただの運。

神様はいないし、ふだんの行いも関係ない。


癒えることのない哀しみがたくさん根を張っていた。

震災後の関西でたくさんの活動させてもらえた学生時代。


妥協しないで精一杯生きると決めています。

その決意をまた奮い立たせてくれた神戸大学でした。


追憶を寄せてくださったご家族の皆様、ありがとうございました。


(六甲台キャンパスを出た通学路からの景色。
通学を登山・下山と呼んでいましたが、思う以上に山にありました。
地形をよく知らない人に、神大生って自転車通学しないん?と聞かれたことがあるけど、そんな奴おらん。皆、原付!🛵)



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