私は障害を抱える子どもの発達を促す
療育施設の先生をしています。
街で担当のA君を見かけましたが、
声をかけられませんでした。
A君は家族といっしょ。
私はかなりA君に近づいたところで気付きました。
ねぇ気づいてよ?と期待したけど、無理でした。
(食べるのに夢中で周りが見えておらず
)
A君の発達段階だと、
私の名前を呼んでもらうことは難しいです。
もしも私がA君に声をかけたら
家族に自分が何者かを話さなくてはなりません。
でも、それがよいかが分かりませんでした。
そこにいたA君のご家族全員が
私の顔を知っているわけではないからです。
これがクラス担任ならいいんです。
◯◯学校の先生、△△保育園の先生、
でOKなので![]()
ですが、
通級指導教室や療育施設の先生は少し違います。
私が名乗れば、
そういう支援を利用していることが伝わります。
特別支援教育においては
お母さんだけが頑張っておられる。
お母さんから見て、夫・両親・義理の両親が、
発達の障害や特性を受け入れていない。
発達支援を受けていることは言いたくない。
そういう状況が珍しくありません。
…と言うか多いなぁと思っています。
お身内でもそうなのですから、
保育所等訪問支援はさらに慎重になります。
ママ友には発達支援を受けていることを話していない。
絶対に気づかれないようにしてください。
そんなニーズも多いです。
私もかつてはそう希望した当事者。
お気持ちはお察しします。
私はA君に声をかけられず。
まあ、当のA君は食べるのに夢中
で周りが見えておらず(笑)
あきらめよう。
心の中では、声かけたかったよ〜![]()
偶然会えて嬉しかったもん![]()
けれど、
私が特別支援教育や療育の先生だと分かれば、
家族にご迷惑がかかるかもしれない。
それが私の立場です。
共感できる〜!と
悪気なく踏み込んでくる先生に引いた経験は
私にもあります。
相手の感受性は自分とは違うことを
忘れないようにしたいです。
発達支援を受けることが、
隠したいことでなくなるといいなー。
悪いことはしていないのだから。
そのためには、
障害を家族ではなく社会全体が受容すること。
もっと寛容に受け入れられる風潮があると
生きやすい人が増えるんじゃないかな?
と感じます。




