ここ数年、年賀状じまいという言葉を

耳にするようになりました。

 

SNSの発達で、年賀状離れが進みましたよね。

 


私は2022年の年賀状にて

今後、年始のご挨拶は控えます

年賀状を辞退したい旨を伝えました。

 


そこに至った気持ちを書きます。

喪中が続いたことがあり、

年賀状作成はやめていました。

 

ですが、学校に転職すると

根強い年賀状文化びっくり

 

教育的な意味で子どもに出すのはわかりますが

教職員の皆さんくださるし、

校長先生にはお出しするものと言われましたキョロキョロ


作りましたが…年末は超多忙悲しい

正直なところ、負担でした。



そんなときに目にした

「年賀状をやめる意見」が引っかかります。


それが

年賀状だけのやり取りは

実質 破綻している人間関係

という言葉でした。

 


私にもいました。

長い間会っておらず、年賀状だけでしか

連絡をとっていない人。

 

個別メッセージのない印刷年賀状。

毎年いただくけれど、現在の様子はわかりません。

 


そういう薄い人間関係を続けることに

どのくらい価値がある?

そう問いかける文章に、気持ちが揺れたのです。


実質、破綻している人間関係。


強い言葉ですが、図星でした。

60代に入ると

年賀状じまいをする人が増えるそうです。


私の母も70代になり、喪中ハガキで

同級生の訃報を知るようになりました。



人は必ず死にます。

それまで、年に一度の年賀状のやり取りをどう価値づけるか?

 

そんな風に考えるようになりました。


 

そもそも、人間関係の濃淡や広さは

人によって差が大きいです。

 

年賀状だけのやり取りがいつから、何十年続いているのか?

自分は今、何歳なのか?

それによって考え方は変わるでしょう。


 

心のつながりを感じられるなら、

その人間関係は破綻していないですよね?

 

写真やメッセージで交流できてうれしいなら。

 

私は

長年の大切な友人であれば、

それ以上の関係性を築いてもいいのでは?

と思ったし

(幸い健康なので、気持ちさえあれば行動できる)

 

ずっと、実質破綻している人間関係を続けて、

最後は訃報を知らせることもないのでは?

とも思いました。



私のママ友は30代で亡くなっています。

中学のクラスメイトは20歳で。

 

『すずめの戸締り』のように

明日生きている保証はないのです。

 

ラブレター映画『すずめの戸締まり』を観た感想

 

 


実質 破綻している人間関係

モヤモヤしていた、と気付かされました。


そこに時間を使うのではなく

大切な時間は、大切な人のために

使いたいと感じました。

 


一方で、こんな意見もあります。

 

大病をしたけれど、今年も生きていられた。

年賀状は、新年を迎えられた嬉しさを実感できる。

だから多くの人に年賀状を書きたい


素敵な考え方だと思います。



私は、年賀状だけの関係は終わりにしよう。

そして、紙ベースだと、

遠方の人との関係は重ねにくいので、

コミュニケーションスタイルをシフトしたい。


そんな思いに至りました。


 

年賀状を続けるのもやめるのも、

それぞれの基準で人間関係を大切にした結果だと受け止めています。



 

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