まこるです。
一年前、教育系企業から公立学校へ転職
特別支援教育に関わりながら、
教員を目指して
通信制大学で学習
ある程度年を重ねた人から
言われるとモヤモヤすること。
「もう少し勉強していれば、
△大学に行けたのに」
「本当はA大に行けたけど、
(事情があって)B大に行った」
いわゆる学歴コンプレックスです。
いや、あなたがもう少し勉強したときは、
他の人だってあと5点や10点取れているよ?
いくら模試の成績が良くても、模試と本番は違うよ?
「良かったときの模試」で語ってしまうのでしょう。
(気持ちは分かる)
本番は「悪かったときの模試」に当たると考えろ!と、高校の先生に言われたのを思い出す…
入試で力を出せず、
悔しい思いをした人はわんさかいます。
あんぜんパイの大学に進学しながら、
自分だけが実力を十分に発揮できて、
「本当はA大」は不可能なのです。
合格してはじめて「本当に行けたA大」は
証明できるのですから。
そもそも三十路も過ぎたら
18歳のときの学力なんて、
桶狭間の戦いと同列
要は歴史です![]()
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20歳頃に多くは減価償却しています
でなかったら、
私は今でもどんな英文でも読めるもん!
間違っても教採の英語得点率21%で
足切りにびくついたりしません![]()
四半世紀前の歴史を振り返るんじゃなくて、
社会人経験を積んできたわけでしょ?
なのに、自分を証明するものが、
学歴まで遡らないとないの?
その尺度に頼るのは虚しくない?
仕事であげた成果について語れないの?
選挙でなぜ東大卒が強いのか?
という記事を読んだことがあります。
誰もが被教育者の経験があるため、
東大卒は価値を認めてもらいやすい
という論でした。
政治家として手腕を振るうかは、
経営者としての実績で評価するのが、適しているんじゃない?
でも、多くの人は事業経営をしたことがない。
経営者として成功した!と言われても
その価値が分かりません。
ベンチャー企業の立ち上げなど、
起業する人に私は魅力を感じます。
それでも確かに
選挙戦での判断は難しいですよね。
下記は私が大学受験をしたときの
小論文対策で覚えたことです。
日本は、韓国や中国と比べても、
学歴社会ではない。
学歴拘泥社会である。
年収格差が諸外国に比べて少ない
というデータが根拠でした。
20年経っても日本人は
根本的には変わっていないのでしょうね。
学歴拘泥社会。
要はプライドのための学歴。
だからこそ、そんな飾りが必要ない人に、
私は惹かれます。
自分にはない魅力だから。

