おはようございます
お正月をめいいっぱい感じていらっしゃるでしょうか。
お休みのところのご訪問、ありがとうございます~![]()
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1990年代前半の英国留学日記です。
書かれている内容はさも英国の常識、みたいな記述もありますが、あくまでもその頃の英国での普通、と捕らえてくださいませ。
現在の英国は随分変わっておりますので~
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ジジの話です。。。
ある日、学校が終わってジジが話しかけてきました。
「ねぇシュリ、今からおうちに電話をかけにいきたいの。
クウェートのおうちよ。
シティセンターの公衆電話からかけたいから、ついてきてくれない?
ああ、その前にフォンカードをポストオフィスで買わなくちゃいけないんだけど」
いいよー
といって、郵便局へ。
シティセンターの大きな郵便局です。
当時は携帯電話などはありませんからね、公衆電話しか手段はなかったのです。
フォンカード(日本ではテレフォンカードですね)は、普通郵便局で売られていました。
公衆電話も
ジジはいつも、このポストオフィスの前にいくつかある公衆電話からかけているとのことでした。
一度目
繋がったけれど、ほんの一言二言話している途中で、ぷつんと切れてしまいました。
2度目
繋がりません
3度目・4度目
繋がりません
クウェートは地理的に、微妙な位置にある国です。
その頃、お隣のイラン・イラクは世界的認識では戦争は収まって、終わっているかのように思われていたかもですが、やっぱり不安定状態だったようで。
小規模な戦いは、常に勃発しているとの事でした。
あれから随分年月を経た今、あのジジが電話が繋がらないといっていた時代よりもっともっと緊迫した状況になってますね。
あの平和ボケ真っ只中の日本人の私、あれから20年以上も経つ未来には、今よりもっと平和があるものだと疑う事もしなかったけれど。
状況はどんどん後退していく事もあるのですね。
戦争
そのお陰で、そのとばっちりで、戦争に関係のない近隣諸国の電話事情までも、悪くなっているとのことでした。
それでも
「1ヶ月ぶりに繋がったわ。
まぁすぐ切れちゃったけど。
毎日挑戦してるけど、だめなのよねー」
電話なんて、かければ当たり前に繋がるものだと思っていました。
U.K.から日本なら、繋がらないことなどありませんでしたから。
かけても繋がらない、話したくても1ヶ月も両親や兄弟と話すことが出来ないなんて、ちょっと信じられないことでした。
ショッキングでした。
今ならネットもあるから、格段に通信手段は進歩していますけれどね。
バブルに浮かれた日本にいた私は、初めて、過去の歴史としてではなく現実の「戦争」を感じたのが、ジジとの出会いだったかもしれません。
読んで下さってありがとうございます~![]()
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