松尾大社さんは嵐山ですからね。
秋の紅葉観光シーズン、ちょっと車込みました。
うわぁ~!
立派!
H.P.より
「岩座祭祀」
御祭神“大山咋神”は、当社社殿建立の飛鳥時代の頃に、始めてこの場所に祀られたものではなく、それ以前の太古の昔よりこの地方一帯に住んでいた住民が、松尾山の山霊を頂上に近い大杉谷の上部の磐座(いわくら)に祀って、生活の守護神として尊崇したのが始まりと伝えられております。
松尾大社さんは
亀さんがあちこちで見られます![]()
五世紀の頃、秦の始皇帝の子孫と称する(近年の歴史研究では朝鮮新羅の豪族とされている)秦(はた)氏の大集団が、朝廷の招きによってこの地方に来住すると、その首長は松尾山の神を一族の総氏神として仰ぎつつ、新しい文化をもってこの地方の開拓に従事したと伝えられております。
秦氏がこの辺りの開拓に携わり、特に水に関して堤防や用水路や堰、他色々建設して充実させたんですねー。
で、このあたりが活性化して。
農業が出来るようになった。
そうしたら秦氏ですからね、お酒造りも盛んになってくるのは当然ですよね。
ですのでこちらが「日本第一酒造神」となるのも至極当然。
そんな古くからの歴史がありますからね、歴代の多くの天皇の篤き信仰を担ってきました。
御祭神は
大山咋神(おおやまぐいのかみ)・・・須佐之男神の子である大年神(おおとしのかみ)の子といわれている
市杵島姫命・・・秦氏が外国と貿易をするため、航海の安全を願って祀られたのだろうと言われています
拝観料を払って庭園を見せていただくことが出来ます。
松尾大社さんに来たなら見ておきたいところがここにはたくさん詰まっているので、もちろんGO!
社殿の背後の松尾山を含む約十二万坪が境内で、その全域が風致地区に指定され大部分が古都保存法の特別地区になっています。松尾山は別雷山(わけいかづちのやま)とも称し、七つの谷に分かれていますが、社務所の裏の渓流を御手洗川(みたらしがわ)と称し、四時涸れることのない霊亀の滝がかかっています。古記によれば、元正天皇の和銅7年8月、この谷より『首に三台(三つの星)をいただき、背に七星を負い、前足に離の卦を顕わし、後足に一支あり尾に緑毛・金色毛の雑った長さ八寸の亀』が現れ、左京の人が神主と共に朝廷に参上したところ、嘉瑞なりとして霊亀と改元せられ、亀は再び元々の谷に放たれたといわれています。
見えにくいでしょうが、このお庭や池を囲んだお部屋で、披露宴が催されていました。
神社挙式、いいですねぇ~![]()
まだまだ紹介し切れていないところがいっぱいある、見所満載の松尾大社さん。
ぜひまた伺いたいと思いました。
なんだかすごーーーく歓迎された気がしたから![]()
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(はい、良いように妄想、妄想
)
読んでくださってありがとうございました![]()
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