おはようございます。
シュリです。
ようこそお越し下さいました~

機械オンチの私はスマホの方位磁石や地図検索がうまく出来なくてね。
前回はたどり着けなかった、祇園女御塚。
いつも「いいね!」下さるRickさんが祇園女御塚の検索のこつを教えてくださいまして、ある日やっと行くことができました。
ありがとうございます!!
で、まずは祇園女御塚
(先に見せちゃう
)
まさにお墓ですね
いやもちろんこの下に
眠っているわけではないのですが
えっとね
まずは八坂神社からスタート
狭い道なんですけど
やっぱりワサワサ多いですね
そうそう、八坂さんの前のドラッグストア
おぉ~ぅと一人で唸ってたんですけど
「ツルハ」という名前
何がおぉ~ぅなのかって?
それについては後程~
八坂さんから長楽館前を通っていきます。
緩やかな坂道
暑い夏の日はちょいきつい![]()
ああ、素敵な建物
行く予定もないけれど
お食事メニューが表に出ていたので
パシャリ![]()
たっかーい!
ささ、寄り道はさておき~
まっすぐ先に進みますよ
京都祇園堂
祇園堂、入館したかったんですけどね
実はこの日も先に行くところがあって
その後立ち寄ったら~
結構な時間になっちゃいましてね
もう閉館でした
ちなみにもしもいかれる方がいらっしゃたら~
↓に注意
ここから清盛公や祇園女御の事、うんちく~
第72代天皇、その後引退して白河上皇になられたこの方の寵愛を受けた女性のお一人が、祇園女御さん。
そして平清盛公の実母といわれる事もありますが(祇園堂にもそのように説明されてる~↑)、それはきっと違いますね。
事実は、祇園女御が虎寿丸(清盛幼名)を猶子(親子関係じゃない者と親子関係を結ぶこと、この場合は養子、ってことですかねー)にした事であって、実母ではないでしょう。
というのも、祇園女御はそれはそれは白河上皇との子供を欲したでしょうが授かれなく、だから猶子を清盛を入れて3人も迎えたのですね。
だいたい清盛公のお父様の忠盛公が祇園女御を室としてお迎えされたなら、もっともっとエピソードなりお二人の生活ぶりなどが描かれているはずー。
じゃあ清盛の実母は誰?
それが、鶴羽という女性。
さっきの「ツルハドラッグ」にびっくりしたのは、そのためです~。
この方、祇園女御の妹とも言われていますが、白河上皇の身の回りの世話をするあまたいる女房の1人。
まぁ日頃院(白河上皇)と接触することが多い立場の若い女性ってことで、女性が嫌いでは決してなかった院ですからね、
鶴羽さん、院のお手つきになったわけです。
そして懐妊。
院のそう言う事は日常茶飯事で、その度に院は臣下に「褒美」としてそのような女性を下げ渡す。
下げ渡された臣下のものは、ありがたく賜る、という感じだったそうです。
なので実は院の、天皇家の血が入った子供と言うのは清盛公はじめたくさんいた可能性が高いのです
そう思うと、あなたも私もちょっとくらい天皇家の血が入っていてもおかしくないってことでー
人類皆兄弟!ですね!
そして鶴羽さんが清盛公のお父様、平忠盛の室として迎えられたわけです。
清盛公は長らく、自分の父親は忠盛だと疑うこともなく幼少期は育ってきています。
真実を知った青年期以降も、そんな事情の自分を実子と変わらぬ愛情で育ててくれた忠盛公こそが本当の自分の父親だと思って生きていたとの事です。
ところで祇園女御。
鶴羽の姉とも言われているけれど、そうではなかった説も。
同郷の出で確かに祇園女御は鶴羽を妹のようにかわいがってはいたようですが、私個人的には姉妹ではなかった説を信じてます。
年齢も親子ぐらい離れていたそうですしね。
祇園女御は、いつのころからか隣国から入手した「毒」を持っていたそうで。
鶴羽、院、二人ともひょっとして女御の毒で亡くなったのでは?説も。
ただ今読んでいる宮尾登美子さんの本ではそのような解釈を匂わすような書き方をされているところがあるからかもしれないですけど~
やっぱりその可能性高いんじゃない?と思ってしまいます。
鶴羽さんに対しては特に、そのように思います。
白河上皇に対しては、そんな気もするしそうでないかもしれないなぁ、とも。
それにしても、このころの天上の人々って今で言うモラルも何もあったもんじゃないのね。
いえいえ天上の人々だけではないのでしょうね。
若い頃、そんな院に対してとてもとても複雑な思いを抱いたはずの清盛公、自分の母鶴羽を思い、院ならば何をしてもいいというのか?、女性は自分の意思を持てないのかと大いに疑問を持ったはずなのに、
結局自身も娘に対して、もしくは正室の時子さんや様々な女性に対して、権力で女性にとっては時につらい振る舞いや行動をしましたものねぇ。。。
女性の幸せは男性に委ねる、流れのままに生きること、が賢い女性だったみたい。
切ないわぁ。。。
特にいつ亡くなったかは、よく分かっていないみたいです。
「盛者必衰のことわりをあらはす」今でもそうなんですけれど、この時代は目に見えて著しくそうだったのですね。
祇園女御については、白河上皇の寵愛を受けたことによって女性としての幸せ、物質的な幸せ、権力と栄誉、多くのすばらしいものを得たけれど、その分余計な不安と恐怖とプライドを背負って牽制張って生きていらしたのだなぁと。
クレオパトラのように、持っていた「毒」はきっと最強の護身、お守りだったのでしょうね。
毒を持つその方を、怖いなと思う気持ちと、切なくて少し愛おしくも感じたりするのですが。
妹のようにかわいがっていた鶴羽さん、とても素直な女性だったそうですが、その女の子が自分が欲しくて欲しくてたまらなかった「院の子供」を授かったと知ったとき、どれほど複雑な思いだっただろう。。。
祇園女御塚を訪れて、ますますいろんなことを考えてしまいました。
読んで下さってありがとうございます









