おはようございます。
シュリです。
うちの息子は、我が家で一番運との縁が普通の子のように思います。
運がない、ことはないと思います。
衣食住、経済的にも、決してすごく裕福とは言いませんが、困りすぎているわけでもないですから。
ただ、私や主人、そして娘に比べたら、若干違うように感じます。
その思い当たる理由については、追々そのうち解き明かしていけたらと思いますが。
そんな息子が最近ふと、つぶやいたこと。
「なんか俺、小さいころの思い出って、嫌なことばっかり。
ついてないこと、残念なこと、悲しいことばっかり。
何で俺は小さい時からこんなのなんだろう。」
私が若い頃、
わたしも自分の子供の頃の記憶をよみがえらせては、しんどかったなぁ、つらかったなぁ、いやだったなぁって思うことが多かったので
息子の言う事もなんとなく分かります。
第一、息子の事で大変な思いをしてきたのは私ですもの。
一番息子と寄り添ってきたのは、私ですもの。
ガラスの心を持っている息子、友達の一言で傷ついたり、怯えたり、泣いて帰ってきたり。
少年野球のチームに入っても、バッターボックスに立ったら震えて三振王。
バッティングセンターへ行けば、ホームランも出せるし普通にガンガン打てたのにね。
だけど私が返した息子への回答は
「それは子供の頃、君は全てのことが当たり前と思って受け止めていて、感謝をしてこなかったから」
その一言で
息子は「うぐぐっ・・・」と、黙りましたね。
心当たりがあるのでしょう。
昔のこと、思い出って言うのは
よほどの事でない限りだけど、
普通によかったこと、まぁまぁよかったことって
『当たり前』の範囲でしか受け止めていなくて
だから、そこに『感謝』がないものです。
特に子供はそんなものです。
そして、嫌だった事は案外強く記憶に残りやすい。
結果、良いことが全くなくて、嫌なことばっかりだった、となるわけで。
もちろん、よほどのうれしかったことは強く記憶に残りますし、実はそれほど悩んでなかった程度の嫌なことは案外記憶から消えもしますが。
振り返って、ゴミ箱ひっくり返したような『嫌なこと』ばかりの記憶より、良いこといっぱい詰まった宝箱の方が、いいよね!
だったら、今この時から、当たり前のネガティヴでないこと全てに『感謝』しよう!
お腹がすいたといってご飯が食べられたなら、トイレに行きたいと思ってトイレに行けたなら、眠いといって布団にもぐりこめたなら、全て当たり前でなくてそれは『感謝』。
当たり前を感謝することから始めたら、もうちょっと素敵なことはもっと感謝するようになってるから。
そうしたら、何年か後に振り返った自分はなんだかとっても恵まれた、幸せな人に感じるはず。
それに気がつけたら、この先はもっと強くて優しくて幸せな人になれるから。
何年か後の息子、青年になった頃、学生の頃の思い出は「幸せだったなぁ」の宝箱を開けてくれていたらいいなぁ。
今日も読んでくださって、ありがとうございました![]()