「楽しむ」を超えて「愉しむ」 | 全てはシンプル

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世の中の人たちが死ぬまで経験しない超壮絶人生、父親の虐待、母親は毒親、元旦那に1億の借金を被せられ、元オットは生活費入れなかった元DVモラハラ。娘とゲイの息子、脳性麻痺の中2とわんぱくな中1の孫。生き方、考え方、生活、食、全てミニマルな人生のミニマリスト


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昨日のお月さま。
瀬戸市で花火があったそうです。
うちは名古屋の西の果てなんで瀬戸市はかなり遠いんですがベランダからたまたま見えてオットと見てましたウインク



先日のお茶会で「楽しい」をなぜ「愉しい」と書くんですか?と聞かれました。

そんなことどーでもいいと思ってる人もいると思いますが疑問に思ってる方もいるかもなので書いておこうと思います。


「楽しい」は与えられたことや物で楽しく過ごす、というような既にある状態の中や物で楽しむという意味です。
楽しいけどすでに設定された範囲の中で楽しむことなんで楽しいは楽しいのですが私は受動的でなんだか表面上みたいな感じがします。

感情を喜怒哀楽で表しますがその中に「楽」があります。
感情ってころころ変わるものなので「楽」も一時的なものなのかなーとも。

一方「愉しい」は自分の中の気持ちや思いから自然に感じる「楽しい」という状態の意味。
漢字の中に「心が入ってますよね
能動的で喜怒哀楽を超えて「楽しむ」ということをありのまま全力で心から「愉しむ」ことだと私は思っています。
つまり、自分の意識の持ち方や気持ち、考え方でどんな人でもどんな状況下であっても自分次第でいくらでも愉しめるという感じ。

私の感じることなので実際は違うかもしれません滝汗

ちなみに「楽しい」は「愉しい」の一部でもあるそうです。

私は普段からこのブログで自分の心の在り方でどうにでも変われるということをくどくど書き続け言い続けてきてます。

ブログ書いていて「楽しい」「楽しむ」と書くのがなんかしっくりこなくなり「愉しい」「愉しむ」と書くようになったのです。

それだけのことで深い意味はありません


決まった枠の中で「楽しむ」ことももちろんいいです。
ですが「楽しい」の枠を超えてどんな状況下にあっても心の底から「愉しむ」ことはいくらでもできるので意識して日々生活してもらいたいなーと思いますウインク


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朱音☺︎︎︎︎