ある日のこと
道端でうずくまって、じっと動かない年配の女性がいました
「どうかされましたか?」と駆け寄って尋ねたら
「転んでしまったの…」と
辛そうな表情で、体も痛そうでした
「骨と皮だから転ぶととても痛いわ」と
何とか立ち上がったら、両手に重そうな荷物
「この辺の個人のお店はやっていないでしょ」
「遠くのスーパーへ行ってきたのよ」
と、
「一人だけど何か食べるものもないといけないし…」
「頭打っていませんか?歩けますか?」と聞くと
「大丈夫、ごめんね」
「家に帰ってコーヒー飲むわ、それが私の友だちよ」
と笑っておっしゃいました
マスクを外されていたのでにっこり、かつダイナミックに笑った口元に私も思わず
「ゆっくりしてください、お気を付けて」
と話しました
登り坂を両手に重そうな買い物袋を下げて、ゆっくりゆっくりと歩いて行きました
こんな触れ合いってマスクして、相手を警戒している今の世の中ではめずらしいことで、心が動きました
たくましくこの世界を築いてきた方々のためにも、お互い笑って唾をとばしあい、向き合って話す世の中に移行してほしい
安心できる世の中であってほしいと
そんなことを強く思ったのでした
後日の話
料理屋さんで子どもたちと食事をしていたら、お店に居合わせた年配の女性に子どもたちがお金をもらうという出来事がありました
「かわいいねーいい子だねー、おりこうさんだね」とおっしゃって子どもたちに話しかけてくれました
「楽しかったー嬉しかったー」と「今の子どもたちはみんなつんとしてるけれど、この子達はニコニコしてるねー」
「何もあげるものないけど」、と100円ずつ子どもたちに渡してくれました
「また会えるかなー」と、にこにこして、みんなで握手をしてさようならしたのです
申し訳なかったけど、ありがたくお礼を言ってお金を頂きました
そして優しい気持ちを子どもたちと年配の女性と共有して皆が笑顔で心が熱くなりました
帰り道、この幸せな気持ちは循環しているんだなと気づきました
道端でうずくまっていた方と料理屋さんで出会った方は別の人だけど
私の周りで起きる出来事は必然的に繋がりのあるメッセージとなり私の気付きとなります
魂が感謝や優しさに触れた時、幸せは循環していく
日常に溢れていることにこそ魂の気付きがあります
ひとつひとつ感謝をもって味わい暮らしていくと幸せなことがたくさん起きて、幸せなことにますます気がついて優しさが循環していくと思います