俺、ずっと、

 

「自分以外の人になりたい」って思ってたよ。

 

 

 

 

30歳くらいまで自分のことが嫌いだったからね。

 

 

でも、

 

好きになれるような努力はしてた。

 

 

 

いや、厳密に言うと、

 

他人から好きになってもらえるように努力してた

 

ってのが正しいかもしれない。

 

 

 

理想の人間に変わろうとしてたと思う。

 

自分以外の人になりたかったのだと思う。

 

 

 

俺が思う理想の人間像は

 

自分の外側にあったから、

(本当の自分はダメだと思ってたから)

 

 

だから、ずっと

 

内面(自分)と向き合わないで外側(他人)ばっかり見て憧れてた。

 

 

他人みたいになりたい

 

ってずっと思ってた。

 

 

 

だから外側ばっかりを探してたし、

 

それを自分にくっつけようとして頑張ってた。

 

 

 

 

だけど、

 

自分の外側から持ってきたものなんて、自分にくっつくわけがない。

 

 

 

自分に持ってないものを集めてくっつけようとしてるんだから、自分にくっつくわけがない。

 

 

 

俺がやろうとしていたことは、

 

 

自分の持っている才能を磨くことじゃなくて、

 

自分の才能として無いものをくっつけようとすることだったから、

 

 

そんなものが自分に定着(融合)するわけがない。

 

 

 

 

今、振り返ってみれば「方法を間違ってたな」って思うけれど、

 

 

その当時は

 

「自分の内側には魅力なんかない」

 

って思ってたんだから、あの時に俺がやってたことはしょうがない。

 

 

 

損してしまったように感じていたけれど、

 

これが最短距離だったから仕方ないのかなと思う。

 

 

損したなとは思うけどね。

 

 

 

あの当時は、

 

「他人に合わせられる(自分を殺せる)」

 

ってのが自分の才能だと持ってたんだよね。

 

 

そう信じてたんだから

(間違ってることを正しいと思ってたんだから)

 

 

仕方ないんだよね。

 

 

損したなとは思うけどさ。

 

 

 

 

 

で、今思うのは、

 

 

あの当時、俺の人生がうまくいかなかったのは、

 

 

自分が自分じゃない人間になろうとしていたからで、

 

 

自己否定していたからだと思う。

 

 

 

 

 

そりゃあ、

 

俺が俺の人生を生きられるはずがないし、

 

俺として社会に貢献できるわけないし、

 

俺だけが受け取れる幸せを受け取れないはずなんだよね。

 

 

 

それでも、

 

その時の自分に出来ることは全部やってたし、

 

全く無意味だったかって言うとそういう訳では無いし、

 

 

 

その当時の俺のことを評価してくれる人はもちろんいるけれど、

 

でも、その時の体感を今と比べると

 

 

今よりも苦労してたかもしれないなとは思う。

 

 

 

 

そもそもさ、

 

として生きるつもりがなかったんだもん。

 

 

 

を活かすどころか、

 

別の人間に変えようとしてたんだよね。

 

 

 

そんなのさ、

 

が悲しむに決まってるよね。

 

 

 

 

 

「邪魔だよ」

 

「変われよ」

 

「出てくんなよ」

 

「お前は俺じゃない」

 

「黙ってろ」

 

 

そんな風にずっと無視してるんだから。

 

 

そんなことを言われ続けてたら悲しくならないわけがないし、

 

自分自分)のことを自分自分)が好きになる訳がない。

 

 

 

「助けてくれよ」ってずっと思ってたと思う。

 

 

 

 

で、そんな風に自分自分の関係が悪化してくると、

 

 

それが現実にも影響してきて、

 

他人他人)と自分自分)の関係も悪くなってくる。

 

 

 

 

で、

 

「なんで俺の人生がこんなにうまくいかないんだろう」

 

って思ってた時に、

 

 

俺の考え方がそもそも間違ってたのかもしれない

 

 

ってことに気付かされた。

 

 

 

俺が自分を疑ったきっかけは、心屋さんだった。

 

 

本屋さんで立ち読みした、心屋さんの著書に書いてた。

 

 

 

「あなたが浮気させてるんだよ」

 

って書いてた。

 

 

 

最初読んだ時は、あまりにも日本語がおかしいから、

 

誤字(印刷ミス)だと思った。

 

 

 

「浮気はさせようと思っても出来るものじゃないじゃん」

 

最初の一瞬はそう思ってた。

 

 

 

だけど、その前後の文章を読んでみると、

 

どうやら誤字ではなさそうだった。

 

 

 

なぜなら、

 

 

「あなたの現実はあなたが作ってる」

 

「あなたが招いてる」

 

 

ということを説明していたからだった。

 

 

 

それを読んでいるうちに、

 

 

「いや、もしかすると、

 

さっき(浮気させている)のは、実は間違ってないかもしれない」

 

 

と思うようになった。

 

 

 

で、そこから色々と勉強していくうちに

 

 

「彼の考え方が正しいのかもしれない」

 

 

と今まで以上に強く思うようになってきて、

 

 

「俺の考え方が間違ってるのかもしれない」

 

 

ってことを認めることにした。

 

 

 

そして、今までの自分が思っていた普通を捨てて、

 

「自分を否定しない」っていう、

 

今までの自分からはあり得ない考え方を取り入れることにした。

 

 

 

 

自分のこと

(本質・本音・誰にも見せてない自分)

 

なんかめちゃくちゃ大嫌いだったけれど、

 

 

色々と向き合っていくうちに、

 

「でも、これが俺なんだよな(全然好きじゃないけど)」

 

っていうことを段々と認められるようになってきた。

 

 

というか、

 

認めるしかないってことは俺がよくわかってたから、

(自分の内側に居る自分も本物だってことを俺は知ってたから)

 

 

だから、

 

「認めたくないこと」を認めるところから始めるしかない

 

と思って、ひたすらに実行していった。

 

 

 

 

もう、諦めるしかなかったんだよ。

 

 

 

自分が自分であること、

 

 

自分のことを否定しても変われなかったこと、

 

 

「こんなのは俺じゃない」ってただ口で言ってるだけで、

 

それが偽りのない本当の自分だってこと。

 

 

 

どれも全部ただの事実でしかなかったから、

 

俺が俺として生まれたことを全部(100%)諦めることにした。

 

 

 

 

全然、

 

立派

(当時思い描いていた理想・自分じゃない人の生き方)

 

に生きられていなかった。

 

 

 

本当の自分は、理想からは程遠い人間だった。

 

 

 

自分の顔が嫌いで、

(SNSに自分の顔を出す奴は頭がおかしいと思ってた)

 

 

他人の期待に答えられない自分が嫌いで、

(やらなければいけないのにやりたいと思えなかった)

 

 

親の借金なんか絶対に返したくないと思ってて、

(借金を返すのが子どもが生まれた意味だと思ってた)

 

 

色んな人に迷惑をかける人間になんか絶対になりたくなかった。

 

 

 

でも、

 

その当時は今よりも他人とケンカばっかりしてた。

 

 

だから、全部認めるしかなかった。

 

 

 

 

子供のために死ねないと思ってた。

(なんて自分勝手な人間なんだろうと自分のことを嫌ってた)

 

 

(当時の)奥さんのために自分を殺すことが出来ないと思ってた。

(一生懸命ためた貯金をおれのわがままで全部使わせたのに)

 

 

やりたいことを他人のために我慢できなかった。

(やめろと言われても聞く耳を持てないくらいに余裕がなかった)

 

 

 

全部、認めるしかなかたった。

 

 

片っ端から認めたくないことだらけだったけれど、

 

認めるしか無かった。

 

 

 

「事実」という目の前の壁が

 

俺をどこにも逃してはくれなかった。

 

 

 

俺が俺であることを変えられないって諦めることが一番最初だった。

 

 

 

めちゃくちゃ嫌だったよ。

 

 

 

「絶対に負けを認めてはいけない試合」で

 

自分から「負けました」って言うんだから。

 

 

 

「俺はまだ負けてない」

 

って意地さえ張っていればまだその試合を続けることも出来るんだけど、

 

 

 

でも、現実を見たら

 

 

スコアを見ても全然実績なんかないし、

 

 

なんなら

 

コールド負けしてくらいに大敗しているし、

(他人と比べて自分が全然出来てないって意味)

 

 

 

「俺には出来ない」

 

っていう事実を認めることをしたくなかっただけで、

 

 

 

ただ意地を張って「負けてない」って言ってるだけで、

 

 

「勝てない」って認めたくなかっただけで、

 

 

実際、全然、勝ててなかった。

 

 

 

屈辱だし、

 

最悪だよ。

 

 

30年近く続けてきた時間を放棄するような選択なんかしたくない。

 

 

 

これまでの時間が

 

全て水の泡になる

 

って思うんだから。

 

 

 

 

だから、自己受容なんて、

 

「やりたいこと」なんかじゃないのよ。

 

 

「やるしかない」ってだけで、

 

「やりたい」わけじゃないんだよ。

 

 

 

 

なんなら、

 

 

こんなことをやらずに済ませたかった

 

 

って思ったよ。

 

 

 

 

「認めるしかない」だけで、

 

「負けたい」わけじゃない。

 

 

 

負けてるってのは事実かもしれないけど、

 

 

口先だけでも

 

「俺は違う」って本当は言いたいんだよ。

 

 

 

でも、認めるしかないんだ。

 

 

現実にそう言われてるんだよ。

 

 

 

 

誰も知らない本当の俺が

 

 

「事実」というデカい壁に囲まれていて、

 

 

お前のことは

絶対に逃さない

 

 

 

と言わんばかりに俺の逃げ道を奪っていた。

 

 

 

まさに四面楚歌の状況で勝ててないことを思い知らされた。

 

 

 

当時の俺の現実には、

 

 

あんなに頑張ったのに勝ててない

(これまでの努力が無意味だった)

 

 

という、絶望しかなかったよ。

 

 

 

 

でもさ、結局は、

 

 

「勝ち」が「価値」だと思っていた

 

 

っていう、俺の思考が間違っていただけだったの。

 

 

 

「負け」たら「価値を失う(意味がなくなる)」と思っていた

 

俺の思考が間違ってただけだったの。

 

 

 

知らなかったんだよ。

 

負けても価値は失わないってことを。

 

 

 

勝たなくても価値はあるってことを

 

俺は知らなかった。

 

 

 

 

俺の思考の悪循環は、

 

 

「俺が俺じゃない人間になろうとしていた」

 

っていう、

 

一番最初に踏み出した一歩目だった。

 

 

 

最初からいきなり間違ってた

 

ってことだった。

 

 

 

 

俺が挑んだ勝負ってのは、

 

 

「俺が俺じゃない人間に変わろうとしていた」

 

 

ってやつで、

 

 

を倒して別の人間になれれば勝ちで、

 

 

そのための勝負を自分に挑んでた

 

 

ってことなんだと思う。

 

 

 

で、そのために起きた現実が

 

 

「俺よりも得意なことをしている人」に

 

「その人が得意な分野」で勝負を挑む

 

 

みたいなことで、

 

 

事実上の、

 

「絶対に勝てるわけがない勝負」を

 

「絶対に勝てるわけがない人」に挑んで

 

 

勝てずにもがいて悔しがってた

 

 

みたいなことだった。

 

 

 

 

 

だけど、俺は

 

 

その勝負のために費やした30年間を無駄にしたくない

 

 

っていう一心で

 

「俺は負けてない」ってこだわるために

 

どう見ても勝ててない勝負にこだわろうとしていた。

 

 

 

でも、スコア(お金・評価)を見たら、

 

その差は歴然だから、

 

 

悔しいけれど、

 

認めたくないけれど、

 

負けたくないけれど、

 

 

でもそれを認めるしかない

 

 

ってことを俺の現実が俺に知らしめていた。

 

 

 

 

その当時の俺が見ていた自分の現実からのメッセージは、

 

 

「俺には才能がない」だったけれど、

 

 

でも、今、俺が

 

その当時の自分に声をかけられるとしたらそんな自分に言いたいことは、

 

 

「お前の才能はそれじゃない」

(僕の場合は30年追いかけた農家:家族を喜ばせたくて農家になりたいと思った)

 

 

ってことと、

 

 

「お前の才能は他人が求めていることに応えること(他人の願いに染まること)じゃない」

 

 

ってことと、

 

 

「お前の才能が眠っているのは自分の内側なんだから

お前が向き合うのは外側(他人)じゃなくて内側(自分)だよ」

 

 

ってことだと思う。

 

 

 

 

 

「俺には才能がない(から外側から持ってこよう)」

 

ってことが、大間違いだった。

 

 

 

うまくいかないのは、

 

俺が俺じゃなかったからだと思う。

 

 

 

 

だから、自分が自分を取り戻せばいい。

 

 

自分が自分と繋がり直せばいい。

 

 

 

それが、

 

一番最初にやるべきことだと僕は思うし、

 

 

そこでちゃんと全部救おうと思ったからこそ、

 

今の俺が安心できているのだと思う。

 

 

 

まずは、

 

自分が自分と仲直りをすることから始めていくといい。

 

 

 

これは僕の実体験。

 

 

100%自分が自分と繋がることだけが、

 

唯一の自分を救う方法だと僕は思うし、

 

 

それが出来る人だけが、

 

 

自分を愛することが出来るようになって、

 

自分を信じることが出来るようになって、

 

 

そして、

 

 

他人を愛し合えるようになって、

 

他人を信じ合えるようになるのだと

 

 

僕は思っています。

 

 

 

ちゃんとうまくいくから大丈夫。

 

 

俺が保証する。

 

(俺は助言するだけで、実行するのは自分なんだけどね)

 

 

 

自分自分と繋がれるかどうかが最初はめちゃくちゃ重要なのだと思う。

 

 

 

 

とにかく自分を見捨てない

 

ってことから始めていきましょう。

 

 

 

 

わからないことは無期限・回数無制限で何度でもお伝えします。

 

 

 

僕が言う「誰にでも出来る」ってのは、

 

 

「簡単だから出来る」

 

って意味じゃなくて、

 

 

「めちゃくちゃ難しいけど全員越えられる力を持って生まれてきている」

 

って意味です。

 

 

 

必要なのは、勇気を出すこと。

 

 

ここから一緒に変えていきましょう。

 

 

 

自分を救えるかどうかは自分次第です。

 

 

 

自分がして欲しいことを

 

自分のために自分が選んであげましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年度

伊藤流深層心理学

マスターコース

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2023年4月14日までです

 

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ようやく、世界で一番自分の味方をしてあげられるようになったと思う。

 

 

 

僕はこれを僕からしてほしかったのだと思う。

 

僕だけは僕に見捨てられたくなかったのだと思う。

 

 

愛せるようになってよかった。

 

 

自分を100%愛してよかった。

 

 

 

これからも絶対に

 

俺は俺を見捨てない。

 

 

 

 

 

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「悩んでいる人を独りにしない」

 僕は心屋仁之助さんのこのコンセプトが

とても素敵だなと思ったので受け継ぎました


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