セッションしていると、よく話に出るのが
親子の関係
について。
よく、というか100%かも。
そういえば、この前支給委員長はるちゃんが綴ってましたが子供を一人しか産んでないのに子育てを語ろうと思ったわけ
私も語ろうと思います。笑
私、娘が生まれてから
苦しいことしんどいこと一度もない
んですよ。思い返してみてもない。笑
そりゃー、イラっとしたことは何度もあるけれど。笑
でも、それは私自身の問題であって、彼女が生まれてきたことで起きた弊害は一度もない。
むしろ、ラッキーなことばかり
自分のやりたいこと見つけるわ
やりたいことやるわ
誰も反対しないわ
むしろ、応援してくれるわ
楽しくてたまらない毎日を過ごさせてもらってるわけです。
子供がいると自分の好きなことができない
私、この言葉をずっと信じていたんです。
子供がいるからおしゃれできない
子供がいるから飲みにいけない
子供がいるから遊びに行けない
子供がいるからご飯作らないといけない
子供がいるからお金がかかる
子供がいるから働かなきゃいけない
子供がいるからやりたいこと出来ない
子供がいるから自分のことやれない
こういった言葉をよく聞いたし、
信じてた。
きっとこれらの言葉を聞いて
え!?そうでしょ!?何夢みたいな事言ってんのRIYAchan
と、ザワザワしてる方がいらっしゃるでしょう。
私は
こういった子供がいるからと、言うことが
一種のステータスの様に感じてました。
これらを言うことで、ちゃんと子育てしてる様な。
でも、私、娘が生まれてから
この言葉を使ったことない。(忘れてるだけかも?)
信じてたのに。
嘘だったのね!!笑
そして、気づいた。
これらの言葉って免罪符なんじゃないかって。
「◯◯さんちのお母さん、ネイルして着飾ってるけどちゃんと子育て出来てるのかな?」
「夕飯がマ◯クなんてかわいそう!ちゃんと食べさせてるのかしら?」
「子供を置いて飲みに行くなんて。。。ちゃんと子供のこと考えてるの?」
みんな、ちゃんと育てようとしているんですよね。
私、びっくりです。
私、全然ちゃんとしようと思ってないことにびっくりです。
私は、自分が我慢して子供を幸せにしようなんて思ってないことにびっくりです。
もう、世間一般的な考え方とあまりにもずれている自分にもびっくりです。
この子の幸せの為に私が私を「犠牲」にするなら
お、重たいよ〜〜。
この子には自由に飛べる羽がある。
だとしたら、私にも羽があるし。
私がこの子の幸せを願うなら
私だって、誰かに幸せを願われてるわけだし。
子供を産んだら、親の方が自由になるはず
だし。
だって、そうじゃないと
いのちを育む事が
いのちを生み出す事が
何かの罰のように感じてしまう。
そんなわけないと、私は思っているのです。
私はそう思い込んでいる自分に気づいたわけです。



