盲目の人生 | 日日是好日♡KISEKI~Infinity~

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人生の軌跡って奇跡♪そして無限大♡
チカラを抜いて”あるがまま”

魂としての段階が進んでいる人は、導くことを目的として
生まれてくる場合もあります。
ただ、いかに段階が進んでいる魂であっても、
人として生まれたからには、みな平等です。
いつ、正しい心の尺度が捻じ曲がってしまうとも知れません。
ルシフェルは、それを修正しようと何度もこの世に出ましたが、
その才に溺れ、才を持つゆえにサタンとなってしまいました。
大天使(如来)であっても、この世に生まれてきたときには
盲目になってしまうのです。

正しい尺度を持ち、それを世に伝えようとする人は、
そこに溺れないよう気をつけなくてはなりません。
もう一つ、段階に応じた指導を心がけることの大切さ。
段階が進んでいる人は、前の段階の心を知ることができます。
でも、今の世の中をみていると、今の段階のままの心で
その前の段階の人をはかったり裁いたりしていることが
多いように感じます。

今の自分が出来ることが出来ない人を蔑む。
かつて自分も出来なかった時があったにも拘らず。
子供を叱る時には、子供の目線で叱りなさい。
上から物を言うのではなく、子供の心を理解して諭す。
かつて子供だった時代がある自分だからこそ出来ること。
そこを忘れてしまっている人が多いように感じます。

でも、先ほども書いたように、どんなに段階の進んでいる魂であっても、
人という肉体をまとったからには、盲目の人生を歩むことになります。
様々な経験において、何を見つめ、何を求め、どう生きていくか。
肉体をまとった魂は弱いものです。
まして、自分だけのものではない業の中(悲しみの連鎖)に置かれたときは、
尚更、真実を見極めることは困難となります。
目の前の出来事に翻弄され、流され、大切なことを見出せません。
いかにこの世が厳しい場であるかを思います。

今、この世に生まれてきて人生を歩んでいる人は、
みなそれぞれの段階に応じた人生を自ら選び、一段上を目指して、
それぞれが持つ使命と、目標を持って生まれてきたのです。
どんなに理不尽と思える人であっても、それは同じです。
生まれ出る前には、その魂の向上と使命としての調和を
心から願っていたはずです。
ただ、自分を見失っているだけなのです。
今、ここに存在している肉としての自分こそが、
本当の自分だと思っているのです。

ですから、様々な理不尽と思える出来事やそれを行う人を
恨んだり、蔑んだり、攻撃することは自らの本然に添っていないことです。
今、自分が見下している人が、実際はずっと魂としての段階が
自分より上であることも十分有り得ます。
それはルシフェルのことを例にとっても、容易にわかることです。

そんな私も、ずっと人を見下していました。
そんな自分から解放されたくて、随分悩んだり苦しんだりしました。
ようやく見つけることが出来て、私は自分が何度も口にしていた
『信じる』ということを、心の底から理解することが出来ました。
正しい尺度は、人を測るためにあるのではありません。
生かすためにあるのだということに気づきました。
生かすためには、『信じること』が不可欠だと思います。

心から信じるならば、悲しむことはありません。
『ありのまま』の自分を人を、信じて温かい心で抱きしめよう。
そう気づいたことが、とてもとても大切だと思うから、
みんなにも伝えたいと思います^^

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