こんばんは♫ぜっきーです。
今日は兄の病院付き添いで
久しぶりに車かっ飛ばして
宇都宮へ行ってきました。
いちばん最初に
抗がん剤治療でお世話になった病院。
手術を終え、予防治療のために
再びこちらにお世話になることになりました。
半年振りの通院です。
おかげさまでレントゲンも問題なし!
また、血液検査も優秀!
腹部も腸の癒着などなく
順調に回復していました。
本人、ホッとしたようです。
よかったねー、兄よ。
さてさて。
病院という場所は
良くも悪くも
「現実」を目の当たりにする場所だと、思います。
検査結果。
数値。
レントゲン。
先生のお話。
今後の予定。
治療計画。
そういうものを耳にすると
嫌でも
「今こういう状況なんだな」
「これをやるしかないんだな」
「これはできないんだな」
ありありと突きつけられる。
こういう時
エゴはその「目の前の現実」を使って
うるさくいろんなことを囁いてきます。
「今、実際のところ体の中はどうなんだろう。」
「手術受けたけど果たしてよかったのかな」
「この先どうなるんだろう」
「大丈夫なんだろうか」
「何か見落としてないだろうか」
「もっとできることあるんじゃない?」
「先生はこう言ってるけど本当は違うんじゃ…」
ほら、ほら、ほら、ほら!!!と
あたかもそれが真実かのように!!!
もう去年一年間で
とことん鍛えられましたので(笑)
エゴに絡め取られることは
ほぼ、ありませんが
改めて思う。
「現実を見る」のと
「現実に飲まれる」のって
全然違う。
事実は、事実。
数値も、事実。
データも、事実。
先生の話も
「今ある情報」としては事実。
でも
そこに意味づけして
勝手に未来まで決めて
苦しくなる必要なんて
全く、ないわけです。
今見えてるものが
“すべて”ではない。
(むしろ現実は5パーしかない)
今ある情報と
これから起きることが
イコールなわけでもない。
これ
現実が濃く感じられる
今日みたいな日にこそ
試されるような気がしています。
以前の私は
現実=全て(100パー)
みたいに思ってたし
意識のこと学んでからも
現実に対して
「いやいや、これは例外」という
謎ルールを勝手に採用して
目の前の状況を見て
そのまま未来予測して
勝手に不安になって
ひとりで悩んで
めちゃくちゃ疲れる、みたいな
一人芝居を
いやほんと
何回やったかわからんね(笑)。
でも最近は
あ、今
思考が勝手に未来作ってるな
って
即、引いた視点で眺めている私がいます。
何かと何かを
事象と事象を
連動させる必要なんて
ひとつもない。
だから、目の前の現実に
振り回されなくていいんです。
今ここで
どこを見るか
どこに立つか
それだけで
見える世界は全く変わるし
自分の内側が安心するので
結果的に安心できる現実を見ることになる。
(これ鉄則)
もちろん
不安ゼロ!
いつでも達観!
…みたいな話ではありません(笑)
超人でも黄金バットでも
宇宙刑事でもないですから(爆)
大葉健二さん…大好きでした。ご冥福をお祈りいたします。
普通に揺れるし
普通に人間です(笑)。
でも
揺れながらでも
「現実に飲まれまく」ったり
「感情に溺れまく」ったりすることは、
もう、ないのだ。
この辺の話、
最近めちゃくちゃ腑に落ちているので
今度開催する
充足セミナーでも
かなり大事なテーマになりそうな予感❤️
さすがに
東京から実家行って
実家から病院まで
車往復運転して
また、東京に戻ってきて
疲れたので
お風呂入って早めに寝る❤️
よくがんばった!!自分🍀
それではみなさま
今宵も良き夜をー🌟
